鉄は苦難の旅を経て、鉄鋼へと生まれ変わる――「鉄子の旅」:ママさん設計者とやさしく学ぶ「機械材料の基本と試作」(2)(5/5 ページ)
ママさん設計者と一緒に、設計実務でよく用いられる機械材料の基本と、試作の際に押さえておきたい選定ポイントと注意点を学んでいきましょう。今回は、鉄と炭素の量との関係や、材料記号でよくある「SUS」「SS」「S-C」の意味など、「鉄」に関するいろいろについて解説します。号泣必至の感動作(?)『MONOist 愛の劇場「鉄子の旅」』も、併せてお届けいたします。
性質を強引に変えられてしまった子(合金鋼からステンレスへ、精錬)
鉄子と鉄男の前を別の製品が通りかかりました。鉄子はその製品の疲れ切った表情を見て、驚きました。
この子、すごく息苦しそう……。
そんな鉄子の心配に気付くはずもない人間は、「製品」を、汗と脂にまみれた素手でせっせと持ち運びしています。
ああっ! そんなふうに触ったら、鉄男君みたいにアザだらけになっちゃうのに……。
いや、もうあの子はその心配はいらない。
どうして?
あの子は、人間の都合でこれまで持っていた自分の性質を大きく変えられてしまったステンレスだからさ。もうぼくらとは身分が違う。本人はひどくかわいそうだけどね。
すてんれす?
『ステイン・レス・スチール』と、人間はそう呼んでる。意味は『錆びない鉄』ということらしい。
この子は、高温にさらされ、ガスを吹き込まれ、さらに炭素を絞り出されて、冷やされて、切断されて……、本当に散々な仕打ちを、しつこくしつこく受けてきたようです。
ふーん……。
鉄子は、あらためて人間の力のすごさをかみ締めて、どうやら「もう抵抗はできない」ことを悟り始めていました。
でも、あたしは諦めるしかないの? 帰りたいよ……。酸素と仲良く暮らしていた田舎に帰りたい……、戻りたいよぉ!!
シクシクとむせび泣くばかりの鉄子……、だけどそろそろ覚悟を決めなくてはなりません。ついに人間が鉄子に手を掛け、どこかに運び始めたからです。
さらなる旅立ち(あたし、立派な機械構造用炭素鋼鋼材になります)
鉄子の背中に貼られていたラベルに書かれていた記号。それは「S45C」でした。
鉄男くん、もうお別れかも……。
ああ、君は「S45C」なんだね。じゃあ熱処理は避けられそうにない。かわいそうだけどね。だけど、ぼくたちはまた会える可能性がある!
え!?
ぼくたちの一生は一度じゃない。人間は、使わなくなったぼくたちを集めてまた溶かして繰り返し使うんだ。そのうちだんだん自分の記憶がなくなっていくと思うけど、何度でも生まれ変われることだけは忘れないで。もしかしたら、キミの中に昔のぼくが混じっているかもしれないしね。
……うん。
だから、いつかまた会おう!
……分かった。行ってきます。また会いたいね。
ただの鉄鉱石の子だった鉄子は、「S45C」(機械構造用炭素鋼鋼材の一種)という機械材料になってしまいましたとさ。
(おしまい)
鉄子は工場で削られた後に熱処理をされました。S45Cは、炭素量が多からず少なからずの中間で加工性が良く、焼入れを必要とする一般小物部品の製作では頻繁に使われるものです。
こうしてたくさんの旅をしてつらい思いをして、どんな部品に生まれ変わったのか分かりませんが、今ごろ皆さんのすぐそばにある、アノ製品のどこかで鉄子が活躍しているかも。あるいはすでにリサイクルされて、別の品種に生まれ変わって新しい人生を歩んでいるのかもしれませんね。
次回は、アルミを筆頭とした非鉄金属について書いていきます。(次回に続く)
Profile
藤崎 淳子(ふじさき じゅんこ)
長野県上伊那郡在住の設計者。工作機械販売商社、樹脂材料・加工品商社、プレス金型メーカー、基板実装メーカーなどの勤務経験を経てモノづくりの知識を深める。紆余曲折の末、2006年にMaterial工房テクノフレキスを開業。従業員は自分だけの“ひとりファブレス”を看板に、打ち合せ、設計、加工手配、組立、納品を1人でこなす。数ある加工手段の中で、特にフライス盤とマシニングセンタ加工の世界にドラマを感じており、もっと多くの人へ切削加工の魅力を伝えたいと考えている。
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