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「奇跡の一本松」を保存した生物研究所が乳がん触診シミュレーターを開発した理由イノベーションで戦う中小製造業の舞台裏(11)(3/3 ページ)

乳がんの早期発見に役立つのが自身での触診だ。だが、自分の胸を触ってシコリを感じても、それががんなのかを判別することは難しい。そのシコリの違いを学べる「乳がん触診シミュレーター」を京都の生物教材メーカーである吉田生物研究所が開発した。「奇跡の一本松」の保存などで知られる同社は、なぜ乳がん触診シミュレーターに取り組んだのか。

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「忙しい」時に、新しい技術にチャレンジ

 「業態的に地味なので、景気の影響を受けて大きく浮き沈みがあるわけではありません」と浩一氏はいう。

 社長の秀男氏に持ち前の探究心とチャレンジ精神があり、「他社はできないと言われた」と持ち込まれた課題に対して「どうしたらできるのか?」と考え、「できたら、いいね」と受け入れる姿勢がベースにあるのだろう。

 「腰が軽いというか、深く構えずに取り掛かります。受けてからは、当然、悩みますけど」と浩一氏は笑う。

 同社に持ち込まれる案件が、他社の技術では決して実現できない……わけではないのでは? そんな筆者の疑問に浩一氏も同意する。

 やったことがない案件に対して、チャレンジする前に「ムリムリ」と判断したり、「今、忙しいから」が口癖になっている場合もあるだろう。

 「忙しいときこそ、新しいことをやるタイミング」というのが浩一氏の説明だ。

 もちろん、他の仕事もあるから負担はかかる。けれど、事業には必ず波がある。落ちているときには、会社に余裕がない。軍資金がなければ、設備投資もできない。「忙しいから、チャレンジをする余裕がある」という発想だ。その中から、新規事業につながる芽がある。

 もちろん、数千万円の設備投資が掛かるようなことはできない。けれど、従来の技術に新しい価値を付加して、解決できる課題もある。

 社内で、技術が転用できそうな新たな課題を見つけるのは難しいが、どの業界にも「もう少し○○だったらいいのに」という要望はある。その業界内では解決できない場合、インターネットで検索して解決できる技術を持っている企業を探すだろう。

 モノがモノを呼び、技術が次の案件を呼ぶ。吉田生物研究所は、そのように、事業を拡大してきた。

触って診断できる「未来型シミュレーター」

 乳がん触診シミュレーターも、他の医療用モデルの開発案件があり、フタル酸エステル類に替わる可塑剤を開発して塩化ビニールを柔らかくする研究を進めていたから、対応ができた。

 乳がん触診シミュレーターは、現在、主に自治体や保険会社に向けて営業を行っている。2016年8月には、新規性が評価され京都府の新商品・サービス販売促進支援制度の「京都チャレンジ・バイ」に認定された。社会福祉施設、病院、介護サービス事業者等が認定商品を購入する際には京都府から助成金が出るようになった。

乳がん触診シミュレーターの営業を担当する浅井千鶴さん
乳がん触診シミュレーターの営業を担当する浅井千鶴さん。「啓発活動の力になりたい」と語る

 まだ全ての自治体がシミュレーターを導入しているわけではない。従来品を使用していても、経年劣化で材料内のフタル酸がしみ出してくると表面がベタついてしまい使えなくなり倉庫にしまわれているケースもある。乳がん触診シミュレーターの営業を担当する浅井千鶴さんは、「乳がんは、転移しやすいので早めに気づいて。少しでも不安があれば病院に行ってほしい」という。

 唯一自分で発見できるがんだから、啓蒙パンフレットや口頭の説明では伝えきれない触覚を体感してほしい。一度、触って「こういう風になるんだ」と知っておけば、いざというときに異変に気付くことができる。

 今は、芸能人の方がカミングアウトして、乳がんに関心が集まっている。「啓発活動の力になれるのが非常にうれしい」と営業にも積極的に取り組んでいるそうだ。

 乳がん触診シミュレーターに限らずリアルな触覚が要求されるシーンは、他にもあるはずだ。現場の医師から反響に手応えを感じている浩一氏は「未来のシミュレーターとして、触診モデルを事業化してゆきたい」と今後の展望を語った。

筆者プロフィール

松永 弥生(まつなが やよい) ライター/電子書籍出版コンサルタント

雑誌の編集、印刷会社でDTP、プログラマーなどの職を経て、ライターに転身。三月兎のペンネームで、関西を中心にロボット関係の記事を執筆してきた。2013年より電子書籍出版に携わり、文章講座 を開催するなど活躍の場を広げている。運営サイト:マイメディア


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