外資系製造業が国内生産に踏み切る理由――3Mの防じんマスクの場合:モノづくり最前線レポート(2/3 ページ)
製造業にとって日本国内で生産を行うには一定のリスクが伴う。特に、外資系の製造業であれば、新興国で低コストで生産し、それを輸入販売すればよいので、国内で新たに生産を始める必然性は低い。しかしこのほど、グローバル企業・3Mの日本法人であるスリーエム ジャパンは、防じんマスクの国内生産に踏み切った。その理由とは。
需要急増が頻発する使い捨て式防じんマスク市場
現在、国内の使い捨て式防じんマスク市場は56%が製造業向け、21%が自動車整備・建築向けとなっており、残りの23%が災害時用の備蓄や消費者向けになる。
しかし、この市場全体の規模が安定成長していたわけではない。「2009年に国内でインフルエンザ『H1N1』が発生した際には、N95に準拠する使い捨て式防じんマスクの需要が一気に拡大し、このときはやりくりに苦労した」(浅野氏)。その後も、原子力発電所の過酷事故が起こった2011年の東日本大震災、2013年から続くPM2.5問題、2015年に韓国で広がった中東呼吸器症候群(MERS)など、使い捨て式防じんマスクの需要が急激に増える機会は何度もあったという。世界的に見ても、中国のPM2.5、インドネシアのヘイズ、エボラ出血熱など伝染病の影響によって、需要は大きく変動する。
これまでスリーエム ジャパンの防じんマスクは、シンガポール工場で生産して日本の国家検定を満足する試験をクリアした製品を輸入し、販売していた。浅野氏は「この体制では、予見できない需要の急増には対応が難しく、安定した供給が困難になってしまいかねない。そこで、幅広い用途に適用できるVフレックスを国産化すれば、これまでの海外生産/輸入販売よりもメリットを出せるのではないかと考えた」と説明する。
また、3Mのグローバル事業戦略の1つに「現地調達能力を強化する」という項目があることも、Vフレックス国産化を推進する原動力になった。
不織布の技術を持つ山形事業所で国産化
Vフレックスの生産拠点に選ばれたのが、スリーエム ジャパン プロダクツの山形事業所だ。同所は、3Mグループで世界有数の製造拠点であるとともに、防じんマスクの生産に必要不可欠な素材である不織布関連の製品を長年生産してきた。「この不織布を扱う技術があるので、Vフレックスの生産は十分可能と判断した」(浅野氏)。
そして、新たに現地の雇用を確保して、防じんマスクの生産ラインを立ち上げ。2015年11月末からVフレックスの生産と国内販売を開始した。そして2016年3月から、国内販売分のVフレックスを全面的に国内生産に切り替えた。
Vフレックスを国産化する製品に選定した理由の1つには、手に入れやすい価格であることも入っている。実際に、スリーエム ジャパンのオンラインストアでは3個セットで税込み461円であり、一般的なサージカルマスクと比べても極端に高価というほどではない。
しかしこの手に入れやすい価格を維持できなければ国産化する意味は全くないともいえる。シンガポール工場における生産コストだけを見れば、日本国内で生産するよりも低く抑えられている。浅野氏は「しかし、日本の国家検定に準拠するための検査体制が別途必要だったことや、輸入販売のための物流コストなどを含めれば、国産化しても価格を維持できると判断した」と述べる。実際に、国内生産に切り替えて以降も、販売価格は維持できている。
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