イノベーションと幸福の条件には共通点がある?:zenmono通信(4/4 ページ)
モノづくり特化型クラウドファンディングサイト「zenmono」から、モノづくりのヒントが満載のトピックスを紹介する「zenmono通信」。今回は、ロボット工学や脳科学の視点から幸福の“因子”を探し続ける幸福学の第一人者である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 前野隆司教授にお話をお伺いした。
幸福とイノベーション
enmono 後半はもうちょっと幸福学のお話を伺いたいと思います。幸福学について書かれた先生の著書『幸せのメカニズム』には、どのような反響がありましたか? 例えば企業が興味を持って、そういうセミナーをやってもらいたいという打診もあると思いますが。
前野 ええ、ありますね。やっぱり「金・物・地位」みたいな経済的な利益だけじゃなくて、心の豊かさが大事だよっていう時代になってきていますよね。だから、マインドフルネス、ポジティブ心理学、レジリエンスといった、近い分野が徐々に始まっています。そこで幸福学という本を出したら、直後にNHKで「幸福学」白熱教室というのがありました。また、「HAPPY DAY TOKYO」というイベントもあります。まだ規模としては小さいかもしれないですけど、確実に離陸してどんどん加速するフェーズに入ったと感じています。
enmono 企業側のニーズとしては、やっぱりうつ病の問題とかがあります……。
前野 ありますね。うつは、典型的な、非常に不幸せな状態のひとつです。うつの人をもっと元気にしたいというニーズは大いにありますし、一方で、元気な人をもっと元気にしたいというニーズもありますね。予防医学として、どちらもやるべきです。元気な人について言うと、イノベーションと幸福の条件は似てるんですよ。
enmono 確かに幸福な人ほどイノベーションが起こせそうですよね。
前野 そうなんです、分析してみるとイノベーションに必要な要素は「多様なつながり」と「ポジティブシンキング」なんです。発散フェーズとして、とにかくどのアイデアも「いいね〜」ってたくさん出して、そこから選んでいくというのがイノベーションの基本なんですよね。ついつい従来のやり方だと「いやそれは違うんじゃないか」などと言って、出たアイデアをたたきつぶしていく人が現れたりしがちなんですが、それだとアイデアが広がらないんです。解空間を拡げるために、ポジティブであることが大事なんです。
前野 だから(イノベーションには)「個人の創造性」「やりがい」「多様なつながり」「ポジティブさ」が必要になる。幸福の4つの因子は、それとほとんど一緒です。「夢と目標を持って創造的であること」「つながりがあること」「ポジティブであること」「人の目を気にせず自分らしくやること」。ほとんど条件が重なっています。
前野 さっき仰っていた大企業に閉塞感があるというのは、構造的にその通りです。もっとちゃんと一人一人が創造性を発揮し、縦割りにしていないで多様な人と接することができて、もっと楽観的に自分らしくできれば、社員は幸せになれるんだと思うんですよね。そのニーズはすごくあって、イノベーション研修や共同研究をしようという話がたくさんあります。そこに少しずつ幸福学を入れてみると、すごい反響なんですよ。だって、幸せになれて、イノベーティブになれる。こんなおいしいことないですよ。
enmono すごいですよね。海外ではマインドフルネスとかを、Googleが導入したり、Intelが大規模にやっていたりするんですが、日本の企業はまだそこまで……ちょっと腰が引けているというか。アメリカではもう5年くらいやっているのに、日本でこうなのは何が理由なのかなと。
前野 アメリカの方はもともとハッピー好きですよね。「われわれはハッピーな国民である」と恥ずかし気もなく言います。対して日本では、われわれは幸せな国民だ、と言うよりも、「苦難に耐えて平穏無事を目指そう」みたいな謙虚な感じです。その温度差はあると思うんですよね。この前もポジティブサイコロジーという幸福学関連の国際会議に行ったんですけど、世界中から千何人もの人が集まっていました。ほとんどはアメリカ人。その中に、企業の研修をやっている人がたくさんいるんです。
前野 で、幸福学のデータもたくさんあります。幸福な社員は「創造性が高い」「仕事の効率がいい」「欠勤率が低い」「離職率が低い」など、いいことだらけなんです。もっと言うと、従業員満足度と会社の業績には比例関係は認められないんですが、従業員幸福度と会社の業績は今の理由で比例するということも、アメリカの研究で分かっているんです。だったら本当にもうやるしかないじゃないですか。アメリカではそれが分かり、知られるようになったので、ドーッと広まってます。
enmono 「Wisdom2.0(ウィズダム2.0)」というイベントがニューヨークとかサンフランシスコとかでやっていて、そこでマインドフルネスや幸福学のアプローチをビジネスにどう生かすか、かなり議論されています。でも、日本のマインドフルネス学会はというと、体質改善とか健康になるとかそちらのアプローチは多いんだけど、ビジネスはまだ全然なくて、そこにかなり隔たりがある気がしています。われわれは今、中小企業向けにがマイクロモノづくりという考え方をzen school(enmonoによるセミナー)で教えていますが、それにはマインドフルネスの要素も入っています。これは大企業にも提案していて、2015年の後半から2016年くらいには徐々に増えるのかなぁという気がしています。
前野 手応えは感じていらっしゃいますか?
enmono はい。感じています。なぜかというと2014年くらいに大企業でハッカソンがはやりました。ハッカソンは集まった人たちがワイワイガヤガヤ話し合ってアイデアレベルで話し合います。アイデアは出ます。だけどそれが実行レベルに落ちないというのが悩みなんです。僕らがそこに欠けてるなと思うのは情熱です。でもそれが最も重要で、個人の情熱っていうのは頭じゃなくて腹から出る。その人の個人的な経験、何かひどい体験をして、「こういうものがあったら、こういうサービスがあったら、あんな結果にはならなかったのに」といったところがその人の情熱になり得ると気が付いたので、それを取り出すようなワークをやって、それをベースにモノづくりに落としていくことを提案しています。
前野 なるほど。私も大企業の研修や共同研究をたくさんやっています。受講者の声を聞くと、イノベーションのやり方は分かった、アイデアも出る、だけど反対だらけの中ではすごい情熱がないとやっていけない、とよく言われます。要するに、情熱を教育で高めるのは難しいと思います。三木さんは、そこをどうしているんですか?
enmono 僕らのアプローチは割と「おひとりさまモノづくり」です。特に対象が中小企業の経営者なので、経営者が「絶対これやりたい」という情熱を持てば少なくとも従業員20人くらいの会社全体が変わるので、そういうところからいろんなプロダクトが出て行くというアプローチです。ただ社員でも情熱を生みだすことはできると思うんです。そこをどう組織に落とし込んでいくかはこれからの課題になると思います。
前野 ウチの学生も1割くらい経営者なんですよ。やっぱり違いますよね、覚悟が。それを見られるっていうのがウチの研究科のいいところで、サラリーマン学生も、経営者の覚悟を見ていると、情熱を学んで、だんだん似てくるんです。あれはいいですね。やっぱり見て学ぶしかないのか……。
enmono zenschoolにも、経営者の方もいればそうでない方もいます。ただネックは少人数であることで、なかなかスケールアップしないことです。僕らの卒業生の中から講師になれる人を増やしていきたい。
前野 同じですね。ウチもそうですよ。イノベーションの授業をするだけでなく、イノベーションを起こすためのワークショップのデザインの仕方の授業もしていますが、外からも「いろんな研修やってくれ」「講習やってくれ」って引っ張りだこです。しかし、人手不足で、身体が保たない。同じですよね。時代は、広めるためにどうするか、というフェーズに入ったということですね。
enmono 仲間を作ってトゥギャザーしようぜっていう(笑)。
前野 トゥギャザー、ぜひよろしくお願いします(笑)。
日本のモノづくりの未来
enmono 時間の都合上そろそろ最後の質問になります。出演者の皆さんに伺っているんですが、前野先生が考える日本のモノづくりの未来について。モノづくりでなくてもよくて、例えば日本の幸せの未来とか、先生の考える日本の未来の社会の仕組みがどうなっていくといいかといったお話をお願いします。
前野 昔の伝統工芸みたいなものを含めて、日本はやっぱりモノづくりっていうか地道にきちんと作り上げるっていうのが得意な国なので、サービスにもその精神が生きていると思うんですよね。モノづくり的考え方を広く捉えた考え方というのは日本人は今でも得意だと思います。少子化は進むし、GDPも中国に抜かれ、閉塞感があるという人もいますけど、全然そうじゃないと思うんです。ものすごい知恵は残っているし、協力してやる力もあるから、これからそれを生かしていけば日本の考え方がすごく世界のためになる。しかも和の精神とか、調和的な価値観や、匠のモノづくりをちゃんと――幸福学もそれに対する貢献ができればいいんですけど、そういうことをきちんと発信して行けば、日本こそ世界の模範になることが、大いに可能だと思います。
enmono 未来の地球のスタンダードな考え方に日本がなるかもしれない。
前野 いや本当に日本は世界の和の世界のスタンダードですよ。平和と調和。そういう世界を一緒に創りたいですよね。
enmono よろしくお願いします。
(前野とenmono、握手)
前野 よろしくお願いします。ありがとうございます。
enmono ということで、今日はシステムデザインマネジメント研究科の前野先生に、非常に幸せなお話を伺うことができました。どうもありがとうございました。
前野 ありがとうございました。
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