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人と戦うために生まれたロボット「電王手さん」は“人へのやさしさ”でできている産業用ロボット(3/4 ページ)

人工知能やロボット技術の進化で、「人間 対 機械」のさまざまな対決に関心が集まっているが、2011年からプロ棋士とコンピュータが将棋の対局を行ってきたのが「電王戦」である。「電王戦」では2014年から指し手としてデンソーウェーブの産業用ロボットを採用している。この「人間 対 機械」の最前線に立つ「指し手ロボ」の開発担当者は、産業用ロボットの未来に何を見たのか。

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「左利きとの対決は初めてだった」

MONOist 対局当日に予想外のことなどはありましたか。

澤田氏 本シリーズでは、初代の「電王手くん」から継続して、「バーチャルフェンス」という機能を搭載している。この機能は、対局中にアームの稼働領域に棋士の方が立ち入った場合を把握し、安全性を確保するために自動的に稼働を停止するものだ。3次元空間で立ち入り禁止エリアを設定するわけだが、実は前回も前々回もプロ棋士が用いる肘置きがエリア内に入り、ロボットが稼働を停止するという場面があった。

 そこで、立ち入り禁止エリアの設定を肘置きが置いてある側については緩く設定することで対応していた。しかし、対局する山崎隆之叡王が左利きであることに、設営前日に初めて気づいた。実は電王手シリーズで左利きの棋士との対局は初のことで、完全に右利きの人用に安全領域を設定していたのだ。そこで急きょセンサーの設定を設営日に書きかえなければならず、設営時間も限られている中で非常に焦らされた。結果として特に大きなトラブルもなく対局を終えられてほっとした。


「第1期電王戦二番勝負」の第1局は2016年4月〜10日に岩手県平泉町の関山中尊寺で開催された。写真はその会場様子 出典:デンソーウェーブ

MONOist 人と向き合うことで意識していることはありますか。

澤田氏 最新作の「新電王手さん」ではロボットが駒を指す際の細かな動きに変更を加えた。具体的には、アームの直線的な動きや不自然な急停止をできるだけ削減し、スムーズな駒の持ち運びと、対局相手にアームが近づいた際の自然な減速を可能にするプログラムへの書き換えを行った。これらを実装する際は、「人間の動きに似せる」など、既存の何かに近づけることを目指すのではなく、あくまで対局相手に安心感を持ってもらうことを最優先に考えた。

 さらに、シリーズの作品すべてに共通して言えることだが、対局相手だけでなく、ロボット自身の故障を防ぐことも重視している。例えば、自陣に攻めてきた相手の駒を取って持ち駒にする際は、「将棋盤の手前の部分の駒をつかみ、向きを変えて横側に配置する」という動作が求められる。しかし、このようにロボット本体に近い位置でアームを操作する場合は、本体とぶつかり、破損させてしまう危険性がある。こういった事故を防ぐために、一連の作品では、アームの長さ、本体の大きさ、対局相手との距離、将棋盤の位置など、さまざまな距離感の数値を入力すると、自動的に最も障害物とぶつかりにくく安全な行動パターンを取るような仕様にしている。

 これらを実現するために、一般的な産業用ロボットでは考えられないくらいのシミュレーションを行っていることが開発での工夫だといえる。動作のパターンやそれに伴う動作の干渉状況などを仮想環境で実践し、プログラム段階で不具合を徹底的につぶす。対局の場は一度きりで絶対に失敗が許さない場で、いわば究極のゼロダウンタイムが求められている。設計段階で完璧な姿を実現できなければならないと考えている。そのため、最終的な製品の形となってからは設置や設定の時間を大幅に削減することができている。

 設定についても、対局前に針状の専用治具を使って位置決めをし、ロボットコントローラー内の3次元の座標に位置関係をインプットするティーチング作業を行うなど、短縮できる工夫を行っている。

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