製造業向けIoT活用入門:カーテレマティクスの事例から学ぶ(5/5 ページ)
IoT(Internet of Things:モノのインターネット)に注目が集まる一方で、製造業がIoTを活用するための道筋は見えづらい状態にある。本稿では、幾つかの代表的なIoTの活用シーンを紹介するとともに、自動車向けテレマティクス(カーテレマティクス)を具体的な事例として、製造業がIoTから得られるメリットについて解説する。
カーテレマティクスとIoT
IoT活用の先進的な応用事例として、カーテレマティクスに注目してみましょう。
自動車本体、もしくは自動車に搭載された車載器から随時送信されるデータは、例えば次のような基本的な車両運行情報で構成されます(表1)。
項目 | 説明 | サンプル |
---|---|---|
車速 | その時点の車速 | 時速60km |
エンジン回転数 | その時点のエンジン回転数 | 3000rpm |
スロットル開度 | アクセルペダル踏み込み度合い | 0.3% |
積算距離 | オドメーター(走行距離計)の値 | 5万km |
バッテリー電圧 | バッテリーの電圧 | 13.5V |
操舵角 | ステアリングが左に切られたときは負値、右に正値をとる角度 | 3.5度 |
瞬間燃費 | 燃費速報値 | 7.8km/l |
ウインカースイッチ | ウインカー作動時に1 | 1 |
シートベルトスイッチ | シートベルト装着時に1 | 1 |
ブレーキスイッチ | ブレーキペダルが踏まれている間は1 | 1 |
ABSスイッチ | ABS作動時に1 | 0 |
表1 カーテレマティクスデータの例 |
(1)車両のコンディションを把握する
各車両から送信されるデータを分析すると、その車両のリアルな稼働状況が把握できます。例えば、1日当たりの平均燃費の分布をみると、次のような結果が得られます(図1)。このグラフから、その車両が仕様(スペック)通りの性能を出せているかどうか、実測値に基づいた評価を行えます。
実測値に基づいたデータ分析を行うと、その車両のメンテナンスのタイミングや故障傾向など、カタログ情報にはない、リアルな状態把握が可能になります。車種や年式ごとにこれらのデータを積み上げていけば、新車種開発への重要なフィードバック情報となるでしょう。
(2)ユーザーの利用状況を把握する
1人のユーザーにフォーカスしたとき、カーテレマティクスデータからそのユーザーの乗車目的や運転特性などを把握できます。あるユーザーの曜日別の乗車回数をまとめると、次のような結果が得られたとします。このユーザーは日曜日を除いてほぼ均等に自動車を利用しています。この車両は「通勤用」または「法人車両」であることが分かります(図2)。
車速やエンジン回転数、スロットル開度などを分析すると、急ブレーキや急発進が多い……といったユーザーごとの運転特性をつかめます。
ユーザーの運転特性を分析して、「テレマティクス保険」に活用することも可能です。テレマティクス保険は、自動車から収集した運転特性データをもとに保険料を決定するものです。実際、米国や英国では、2020年には自動車保険の約3割がテレマティクス保険になるといわれています。
日本でも国土交通省が後押しすることが決まっており、ソニー損保は運転特性に応じて保険料をキャッシュバックする新しい自動車保険「やさしい運転キャッシュバック型」を2015年2月に発売しました。このような、自動車から送信されるデータを活用した商品やサービスの展開は、今後ますます加速していくでしょう。
(3)マーケティング戦略に生かす
カーテレマティクスデータには、自動車の走行距離や位置情報(GPS情報)も含まれます。また、カーナビゲーションシステムの普及に伴って、各種施設の位置情報も簡単に把握できます。これらを組み合わせると、ユーザーの移動距離や行動範囲、自動車が密集する施設などが分かります。
例えば、週末になると多くの自動車が長時間滞在している大きな商業施設があったとすると、そこに電気自動車の充電スタンドを設置すれば、電気自動車の普及に貢献できるでしょう。また、昨今のトレンドのカーシェアリングにカーテレマティクスデータを適用して、駐車場の地域や場所、車両台数や配置車両の最適化、稼働状況に応じた利用料金の設定などが検討できるようになります(図3)。
まとめ
世界のIoT市場規模は2020年までに365兆円、デバイス数は300億個という規模にまで成長するとみられています(IDC Japan調べ)。経済効果は計り知れません。
IoTビジネスの肝は価値のあるサービスの提供です。価値あるサービスを作りあげるためにはセンサーデータの分析によるサービスの作り込みや、継続的な改善が必須です。あらゆる企業、特に製造業における今後のビジネスの発展は、データドリブンなモノづくりにとどまらず、インターネットサービスへのビジネスモデルそのものの転換が鍵を握っているといっても過言ではありません。
筆者プロフィール
井上 敬浩(いのうえ たかひろ)
慶應義塾大学大学院理工学研究科にて統計を専攻。現在トレジャーデータ株式会社においてチーフデータサイエンティストを務める。Mongo DB Japanの創設者でもあり、同コミュニティーの代表としても精力的に活動中。
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