恐怖体験の記憶形成の仕組み解明へ前進。PTSDの軽減に期待:医療技術ニュース
ラットを使った実験により、恐怖記憶の形成には、ヘッブ仮説で示されたニューロン間のつながりが強化されるメカニズムだけでなく、注意を喚起する際に働く神経修飾物質の活性化も重要であることを示唆する結果が得られた。
理化学研究所は2014年12月9日、理化学研究所脳科学総合研究センター記憶神経回路チームのジョシュア・ジョハンセンチームリーダーらの研究チームが、恐怖体験の記憶形成には、ノルアドレナリンなどの神経修飾物質の活性化も重要であるという研究成果を発表した。
従来、記憶の形成については、互いにつながった2つの神経細胞(ニューロン)が同時に活動し、その結合が強化されることで記憶が形成されるという「ヘッブ型可塑(そ)性」説が有力とされていた。しかし、実際に記憶を形成している最中の脳内で、この仮説はいまだ検証されていなかった。
同研究チームは、まずラットに何の反応も誘発しない中性的な刺激である音と、怖い体験である弱い電気ショックを同時に与え、ラットが音に対して恐怖反応を示すようにした。そして、神経活動を操作する「光遺伝学」という手法を用いて、弱い電気ショックが引き起こすはずのラット脳内の扁桃体の神経活動を抑制。その結果、実際に恐怖記憶の形成が阻害されただけでなく、扁桃体でのニューロン同士のつながりの強化も妨げられるという、ヘッブ仮説を支持する結果が得られた。
弱い電気ショックの代わりに、光遺伝学によって扁桃体のニューロンを人工的に活性化しながら音刺激を与えても、恐怖記憶は形成されないことが分かった。
しかし、扁桃体のニューロンを人工的に活性化しながら、覚醒や注意に作用する神経修飾物質「ノルアドレナリン」の受容体を活性化させると、怖い体験を与えなくても、恐怖記憶が形成された。これは、恐怖記憶の形成には、ヘッブ仮説で示されたニューロン間のつながりが強化されるメカニズムだけでなく、注意を喚起する際に働く神経修飾物質の活性化も重要であることを示しているという。
今回の研究成果により、恐怖記憶が作られる仕組みを理解することで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、恐怖記憶が有害に働く疾患を軽減させる治療への応用が期待できるとしている。
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