モデルで作った仮想のクルマから色んなことが見えてきた!:モデルベース開発奮戦ちう(8)(1/3 ページ)
金融危機や量産チームへのレビューといった難問にぶつかりながらも何とかモデルベース開発を進めてきた京子たち三立精機の制御設計チーム。今度は、納入先の豊産自動車が行う、モデルを組み合わせた仮想のクルマによる試験に対応することになった。
前回のあらすじ
モデルベース開発の有効性を社内外に認知してもらった京子たち三立精機の制御設計チーム。量産チームにもモデルベース開発を展開しようと悪戦苦闘していたある日、世界をゆるがした、あのとてつもない金融危機が起こったのだ……(前回の記事へ)。
突然のリクエスト
豊産自動車から急なモデル提出の要求が出てきた。リンカーンショックの影響らしい。
トップが要求する開発コストの大幅な削減のために、試作車台数の削減、試作部品の製作回数削減、テスト実施回数の制限など、多方面にわたる開発費削減施策が打ち出されたようだった。
シミュレーションによる車両評価もその対象で、実車に搭載する前にそれぞれのモデルを組み合わせて車両レベルで要求仕様を満足できるかを事前に検証するという。
そんなことをするって聞いてなかったのに……。
私はそう思いつつも、
モデルベース開発やシミュレーションを活用することでそんなことまでできるんだ!
と少しワクワクもしていた。
一方、三立精機の社内では豊産自動車に対するモデル提出について会議が行われた。
豊産自動車からの要望とは言っても、モデルをそのまま渡して良いものなのか?
従来、豊産自動車との取引ではモデルは含まれていないが、成果物としてどうなるのか? 知的財産権はどうなる?
ノウハウの塊といえるかもしれないものだし……
ソースコードは開示していなかった。制御モデルを出すことは、ソースを出すことと同じではないのか?
確かにモデル提出に対する懸案はもっともだと思う。そのため、大滝部長と山田課長が、豊産自動車に後日訪問して、提出するモデルの扱い方について協議することになった。
協議の結果は、課内のミーティングで説明された。
今回のプロジェクトに対しては、新しい開発スタイルのトライとして機密保持契約を締結します。その上で、企業ノウハウに関わる部分についてはモデルの隠蔽化を行った上でやりとりします。
また、今回のプロジェクトでモデルベース開発が軌道に乗れば、今後の取引はモデルも納品物の一部になるらしい。
モデルって隠蔽化ができるのか。知らなかった。それなら守秘という意味でいいのかな?
その一方で、豊産自動車への提出に向けて関係するモデルを再確認しながら、私はそこはかとない不安を感じていた。
このモデル……。豊産自動車で動かせるのかな? モデルの意味が分かるのかな?
その不安は、豊産自動車にモデルを提出する際の仕様説明で的中した。質問と指摘の嵐だったのである。
他モデルと接続できない。
モデル仕様書など、記載内容が不十分でほとんど理解できない。
パラメータの意味がさっぱり分からない。
など、ダメ出しだらけだった。
他のモデルとつなぐことはあまり深く考慮していなかったから、当たり前と言えば当たり前のことだった。
他社のモデルも全部こんな大変な状態なんですか?
私は鈴木さんに尋ねてみた。すると、他社のモデルは若干の質問や修正はあったものの、大きな問題はなく既につなげられているということだった。
ガイドラインは完全に順守されているのかな?
京子ははっとした。
確かに、一部ガイドラインを勘違いしていたり、量産チームへのレビューの際にいじったモデルがガイドラインに準拠していない状態になっていた。
(これじゃ鈴木さんが動いてくれた、ガイドラインの改善に全く答えられないよ!)
私は急いで問題点を抽出、整理しながらモデル修正の計画を立てた。それとともに、大島さんや五十嵐さんをはじめとした制御開発チームのメンバーに、ガイドラインとのずれとモデル修正の方針について説明した。
そういうことか。京子ちゃんスゲーな! よく整理できたもんだよ。
それじゃ早速分担してモデルを修正しよう。
既にモデルの規模は相当大きくなっており、モデルの修正には多くの人達を巻き込むことになった。そして、修正したモデルを携えて豊産自動車へ再説明に出向いたところ、幾つか質問はあったものの、モデルを受領してから即座に仮想車両での確認作業に移行し、接続もスムーズに行ってもらうことができた。
実行したらめちゃくちゃな動きをするな。
私は目を疑った。これまでの実績を考えると、そんな問題は起こらないはずなのに……。
急いでモデルを確認したが、モデル自体の不備は見当たらない。
シミュレーションの設定を間違っていないか?
慌てて確認したところ、実行ステップ/ソルバという設定が、豊産自動車のテストパターンとは違うモードになっていた。モデル初期値の考え方も異なっていたため、接続したモデルの間でアンマッチの状態にもなっていた。大慌てでモデルの要求仕様書から整理し直し、モデルを修正することでなんとか動くようになった。
これじゃ先が思いやられるな……。
私は、複数モデルを接続することが、これほどまでに難しいことなのかと実感していた。
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