アップルにあって日系電機メーカーにないものは何か?:再生請負人が見る製造業(2)(5/5 ページ)
企業再生請負人が製造業の各産業について、業界構造的な問題点と今後の指針を解説する本連載。今回は苦境が続く日系エレクトロニクス産業について解説する。
3.社員の行動を変革するためのKPIの変革
日本のエレクトロニクス企業が再び成功するために必要な最後の項目は「社員の行動をいかに変革するか」ということである。新たな変化を促す時にトップマネジメントはブレてはいけない。社員はトップマネジメントの本気度を常に観察している。そしてブレが少しでも見えると、本気度を疑い、変化しないでいることの心地良さから動かなくても良いと錯覚し、変化しないことを選択してしまう。多くの人にとって、変化によるリスクは快適ではなく、変化しないことの方がずっと心地よいものである。
しかしながら、いくら社員にとって心地よくても、時代は企業に大転換を求めており、変わらなければ結局市場から退場させられてしまう。前述したいくつかのキーワードをあらためて見てみよう。「低コストでハイエンド商品を提供する」「コスト削減のためにも、イノベーションのためにも、外部リソースを活用する」といったことは、日本企業の従業員にとっては大きな変化である。それも連続線上の変化ではなく、非連続の変化である。その変化を促すためには、社員を動かしてきた評価基準である事業のKPI、人事評価のKPIを変革する必要がある。
評価の枠組みを変えないで、掛け声1つで会社全体を変えていくことは難しい。旧来の評価基準から新たな評価の枠組みが必要な理由である。また評価指標は分かりやすく明確なものあることが必要である。日本企業のKPI策定の議論中では、往々にして網羅性や納得性を構築するのに多くの時間を費やし、結局何が変わったのか分からなくなるケースがある。網羅性、納得性を突き詰めると、逃げ道、言い訳を与えることになってしまうため、変化する方向にドライブをかけられないことが多いのだ。これまでの筆者の経験、あるいはこれまで弊社が関わってきた事例を見てみると、逃げ道を与えない指標を素早く決めることで、再生に成功したケースがほとんどである。分かりやすい評価指標で内部を徹底的に変化させることで、外に対して競争力を獲得できるようになるのだ。
日本のエレクトロニクス企業に求められているのは、単に次の成長戦略を描くことだけではない。現在の苦境の中で生き残るための財務基盤を確保した上で、次の機会に投資するリソースを捻出して、限られた時間でそれを実行することである。日本企業は多くの企業が優れたテクノロジーを持っているということでポテンシャルは大きい。しかし、そのポテンシャルを生かす時間は限られている。限られた時間の中で変化できる企業だけが次の世代のリーダーになることができるのだ。(次回に続く)
筆者プロフィル
小野寺寛(おのでら ひろし)アリックスパートナーズ ディレクター・エグゼクティブアドバイザー
事業会社と戦略コンサルティングファームで30年以上の実務経験を持つ。ハイテク企業、ライフサイエンス企業を中心に多くの日本企業、外資企業に対して企業再生、業績改善、企業買収・事業統合などの実績を残している。
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