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ちょっと一休みして「技術翻訳」の話【その1】 〜オフショア開発とご近所付き合い〜山浦恒央の“くみこみ”な話(58)(1/2 ページ)

オフショア開発は、海外(外国人)に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しい――。今回は、オフショア開発の話題から少し離れ、ちょっと一休み。“番外編”として「技術翻訳」のコツ、テクニック、注意すべき点を紹介する。

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山浦恒央の“くみこみ”な話

 前回、言語間で意思疎通する方法、すなわち「翻訳」について解説しました。今回は“番外編”として、実践的な翻訳、特に「技術翻訳」のコツ、テクニック、注意すべき点を紹介します。「オフショア開発」から少し離れ、ちょっと一休みのつもりで読んでいただければと思います。

 「ちょっと一休み」と言いながら、いきなり少し厳しいことを述べますと、私の経験上、誰に教えてもらわなくても“売りものになるプロの技術翻訳”ができるのは20人に1人。そして、20人に4人は、以降で紹介する内容を読んだ瞬間に技術翻訳の能力が急激に上昇する人たちです。残った15人は……。残念ながら何も変わりません(10人は、内容を理解できても実行できないし、5人は理解さえできないのが現実です)。要は、「変わる人はすぐに変わるが、変わらない人は永久に変わらない」ということです。

 本稿を通じて、1人でも多くの方が技術翻訳の「難しさ」「楽しさ」「面白さ」に目覚め、技術翻訳の能力が大幅にアップすることを願っています。


1.日本語もどきの宇宙語

 ソフトウェア開発では、どうしても、英語のドキュメントと深くかかわることになります。海外のソフトウェア/ハードウェア製品の説明書、仕様書は英語で書いてあることが多く、ある意味、プログラム開発者にとって英語はCやJavaよりも重要な「開発言語」といえます。

 英語が苦手なエンジニアは、日本語で書いてあるマニュアルやインタフェース仕様書を見るとものすごく「ホッ」としますが、いざ読み進めてみると、翻訳臭さ満載の怪しい日本語だらけで意味が分からず、欲求不満になったりします。学生時代のコンピュータ系の教科書も、それが翻訳本の場合、「日本語もどきの宇宙語」みたいに見えます。宇宙語に腹を立て、悪態をつきながら一夜漬けで試験に臨んだ経験のある方も多いのではないでしょうか?

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 科学技術分野で、翻訳文が圧倒的に多いのがコンピュータ系で、2位の薬学分野を大きく引き離しています。コンピュータ系の技術翻訳需要は圧倒的に多いのですが、優秀な翻訳者が極端に不足していることもあって、翻訳文の95%が意味不明の悪文・悪訳であり、読者に不必要な苦痛や労力を強いています(この苦労、一度は経験があるのではないでしょうか?)。学生時代の「悪訳の呪い」が、ソフトウェア開発技術者となった今でも、しっかりと追い掛けてくるのです。

 会社では、時々「このページを簡単に訳して、15時からのミーティングで皆に配布して!」なんて、軽い口調で上司からお願い(実際には、命令)されたりします。自分が翻訳する立場になると、自分が被った「悪訳の呪い」を忘れ、自分で「悪訳の呪い」を作り出し、他人を困らせる可能性があります。

 コンピュータ系のエンジニアは多少にかかわらず、技術翻訳を避けて通れません。ほんの少し注意するだけで、あるいは、意識を変えるだけで、見違えるようなプロ級の技術翻訳が可能になります。

2.「技術のプロ」と「文章のプロ」

 なぜ、コンピュータ系の翻訳で、意味不明の“ダメ訳”が多いのでしょうか? 答えは簡単で、「コンピュータ系の研究者やエンジニアは技術のプロであり、文章のプロではない」ためです。

 筆者が米国ボストンに5年間、駐在していたころ、隣のケンブリッジ市にある大きな翻訳会社に勤務する友人に頼まれ、和訳文のチェックをしていたことがあります。ケンブリッジは、MITとハーバードという理系と文系のトップ大学が、街の東端と西端にそびえる世界有数の学究都市であり(ただし、その中間は犯罪多発地域)、科学技術や政治経済の分野で世界の優秀な頭脳が集まっています。もちろん、日本からも、大学の研究者、政府や企業から輝かしい肩書をそろえたエリートが集結しています。友人によると、そうした優秀な留学生や研究者たちが、お小遣い稼ぎのためなのか、生活費の補填(ほてん)のためなのか、「自分の高度な知識や技術力を生かして、専門性の高いドキュメントの翻訳をしたい」と翻訳会社に乗り込んでくるそうです。

 優秀な翻訳者は大歓迎なので、「それでは、この英文を日本語に訳してください」と50行ほどの簡単なサンプル専門文書を手渡し(大抵の応募者は、「え? 試験をするの? 即採用じゃないの?」という顔をするそうです)、数日後に返送された(自信満々の)和訳文を筆者がチェックし、採点していました。これは、翻訳者募集におけるトライアルで、「お手並み拝見」というわけです。

 実際、応募者が20人いるとすると、10人は「中学校で3年間、国語の授業を1回も受けなかったでしょ?」と疑うくらい日本語能力の低い人たちです。6人は「書いてある文章の意味は分かりますが、これにお金を払いたくありません」というレベルです。そして、3人は「編集者がしっかりサポートすれば、売りものになるかも」という感じで、「このままの訳文で出版できます」という合格レベルは1人しかいない、というのが現状です。

 MITやハーバードへ来るような日本人は、知識、経験、技術力に優れ、英語も高い能力を備えている日本の“トップレベル”の“そのまたトップ”なのでしょうが、専門書の翻訳をする場合、この人たちに決定的に欠けているのが、「日本語の文章力」であり、「コミュニケーション能力」なのです。

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