手書きタブレット「enchantMOON」をモノづくりの観点から考えてみる:モノづくり最前線レポート(36)(2/2 ページ)
ユビキタスエンターテインメント(UEI)の開発した手書きハイパーテキストタブレット端末「enchantMOON」が、ついに2013年7月7日に発売された。商品の詳細については過去の記事などに譲るが、本稿ではソフトウェア企業としてハードウェアを含めた新製品を生み出す苦労について考えてみる。
予約が殺到した誤算による苦労
しかし、実際に新たなコンセプトを製品として形にするには多くの苦労があったようだ。UEIでは2013年5月14日にenchantMOONの発売延期を発表。このときは、高精度タッチパネルの部材確保の遅延を主要因として挙げていたが、実際にはそれだけではなく、想定以上の予約を得たことに端を発するさまざまな問題を抱えていたのだという。
enchantMOONは、UEIにとって初のハードウェア製品で、実験的な要素も含む挑戦でもある。そのため発表前までは「初回の生産ロットは1000台で予定していた。さらにその1000台も本当に売れるのか、不安だった」(清水氏)。しかし、2013年4月23日の発売当日はサーバがパンクするほど予約が殺到し、1日で約3000台の予約を獲得。最終的には当初の予想を大きく上回る5000台を販売し、部材はもちろん工場の組み立てラインの確保や、さらにそれらの品質の確保など、多くの問題が発生したという。
清水氏は「初めての挑戦で、どれだけ売れるのか全く分からない中、製造に関連するリソースをどれだけ確保するべきなのかの判断が非常に難しかった。また従来もゲーム開発などに取り組んできたことからハードとのすり合わせなども理解はしていたつもりだったが、実際に製造してみて認識をあらためた点も多かった」と語る。
ウリのハンドルは最大の難関に
一方「製品構想が絵(イラスト)からスタートしている時点で、製品の仕様として固まっていないことが多く、ハード屋としては勘弁してほしいと思うような問題が山のようにあった」と話すのは、ハードの製造を統括した上瀧英郎氏だ。enchantMOONはイラストレーターの安倍吉俊氏がプロダクトデザインを担当し、従来にないハンドル付きの独自形状を生み出している。
しかしこのハンドルを採用したことで製造の難易度は格段に高まった。「面倒だから作りたがらない工場が多く、工場委託先を探すのが大変だった。またハンドル部材において、不具合なども多く、製造工程の構築や検証が大変だった」(上瀧氏)。またボディにもマグネシウム合金の採用を決めたことで、素材の確保や加工などの難易度も上がったという。「もともとがイラストからスタートしているので、解釈の違いなどでハードウェアの仕様変更なども度々発生し、出来上がるのか不安になったこともあった」(上瀧氏)。
ハード側の論理はつまらない
このような状況だったが、上瀧氏は「ハード側の論理を出すと、どうしても今あるもの、つまらないものにしかならない。今回は新たなチャレンジをするわけで、出てくるアイデアを全て飲むつもりで取り組んだ」と語る。多くの工場や素材屋、加工業者などと交渉した他、製造工程に入ってからも現地での工程管理などを徹底し、何とか製品の完成にこぎつけたという。
製品の発売は結果として遅れたものの、生産も順調。生産した製品は成田での全品検査を行い、出荷を続けている。「モノづくりとしてのノウハウを身を持って体験することで、蓄積することができた」と清水氏は話している。
ソフトウェア企業からコンピュータ企業に
今後は、夏と冬の年2回のアップデートの他、次世代機の開発も視野に入れる。描くのは「ユビキタス」の名前の通り、あらゆるものにコンピュータが組み込まれる世界だ。現在使われているホワイトボードや机などにenchantMOON同様の手書きで自由に書き込め、それを有機的に共有できる「enchantOffice」などの新コンセプトも視野に含むという。
清水氏は「enchantMOONによって、われわれはソフトウェア企業からコンピュータ企業になることができた。今後もさらにコードの力で世界を変えていくチャレンジを行っていく」と話している。
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