LED電球1個で部屋全体を照らせる? 新蛍光体が“まぶしくない”LED照明を実現:材料技術(2/2 ページ)
LED照明を家庭に導入した後で、従来の照明器具にはない“まぶしさ”や、部屋の壁際での暗さを感じたことはないだろうか。こういったLED照明の課題を解決できる、新たな蛍光体が開発された。
まぶしさが10分の1に
クルムス蛍光体を用いた白色LEDでは、青色光よりも波長の短い紫色光を出力する紫色LEDチップを用いる。紫色LEDチップを覆う蛍光体層には、クルムス蛍光体と青色蛍光体を用いる。クルムス蛍光体は、紫色光を90%以上の効率(内部量子効率)で黄色光に変換する。この黄色光と、紫色光を青色蛍光体で変換した青色光によって白色光が得られる。なお、青色蛍光体は市販のものを使用しており、紫色光から青色光への変換効率は、クルムス蛍光体と同様に90%以上だという。
白色LEDの外形はドーム状で、サイズは直径10mm。2〜3mm角サイズの従来の白色LEDと比べて、発光面積は約10倍になっている。一方、白色LEDから出力される白色光の光束(光の量)は同等レベルを確保した。つまり、従来の白色LEDの10倍の面積を使って同じ量の白色光を出力しているので、課題の1つだったまぶしさ(輝度)を10分の1に低減できているわけだ。
外形をドーム状にしてサイズを増やすと、蛍光体層の量が増える。もし、蛍光体層に含まれる蛍光体の濃度が従来の白色LEDと同じであれば、その分だけLEDチップから出力される光が遮られるので、光束は減少してしまう。しかし、クルムス蛍光体を用いた白色LEDでは、蛍光体の濃度を10分の1程度に下げて、蛍光体層のシリコーン樹脂の中に分散させている。このため、従来の白色LEDと同等の光束を確保できた。
さらに、光の照射範囲の拡大にも成功している。従来の白色LEDの照射範囲が狭い理由は、小型サイズであることに加えて、指向性を持つ青色LEDチップの青色光を使って白色光を出力していることも影響している。クルムス蛍光体を用いた白色LEDは、指向性を持たない蛍光体の光で白色光を出力しているので、この影響がない。
クルムス蛍光体や青色蛍光体で変換されずに白色LEDの外側に出力される紫色光は、白色LEDの発色にはほとんど影響を与えていない。さらに、この紫色光よって、光束を向上する効果もあるという。
品質のばらつきも抑制
クルムス蛍光体の使用により、品質のばらつきも抑えられる。これは、クルムス蛍光体が、紫色光を高効率で黄色光に変換する一方で、少し波長の長い青色光を吸収したり変換したりしないためだ。併せて使用する青色蛍光体も黄色光に影響を与えない。これにより、クルムス蛍光体と青色蛍光体の配合比を調整するだけで、同じ発光色の白色LEDを安定した品質で得られるようになる。従来の白色LEDを製造する際に行っていた、発光色を選別して、色ランクを付ける工程を省略できる。
「クルムス蛍光体」の発光励起スペクトル。黄色の実線が励起スペクトルで、黄色の破線が発光スペクトルである。励起スペクトルの相対強度が大きく出ている部分、つまり紫色光を吸収して、発光スペクトルの相対強度が大きく出ている部分、つまり黄色光に変換して出力する性質を有していることが分かる。青色で示した部分が青色光の波長領域である。この領域の励起スペクトルと発光スペクトルの相対強度が小さいので、青色光を吸収したり発光したりしない。
コスト面でもクルムス蛍光体は有利に働く。クルムス蛍光体は、カルシウム、ストロンチウム、ケイ素、塩素といったありふれた元素から構成される酸化物系の結晶に、ユーロピウムを添加したものである。製造法は、生成する結晶そのものを融剤(フラックス)として使用できるセルフラックス法を採用した。セルフラックス法により、窒化物蛍光体の製造に用いる高圧焼成処理よりも安価に量産できる。窒化物蛍光体の利点である演色性の向上についても、クルムス蛍光体を用いた白色LEDは、先述した通り蛍光体の配合比の調整で実現できる。
「クルムス蛍光体」の結晶構造。酸化ケイ素とカルシウムもしくはストロンチウムから構成されるメタルシリケート(Metal Silicate)層と、塩素とカルシウムもしくはストロンチウムから構成される塩化メタル(Metal Chloride)層が交互に並んでいる。ユーロピウムは、カルシウムもしくはストロンチウムと置き換わる形で入り込んでいる。(クリックで拡大) 出典:小糸製作所
ただし、紫色LEDチップのコストは、従来の白色LEDに使用されている青色LEDチップよりも量産規模がはるかに小さい分、割高である。製造法は青色LEDチップとほとんど変わらないので、量産効果によるコスト削減は十分期待できるという。
蛍光体層を大きくしたり形状を変化させたりしても、ムラなく同一色の発光が得られることも大きな特徴になる。ドーム状の他に、直管型蛍光灯のようなライン状や、キャンドルライトのように発光する円すい状なども可能だ。
なお、今回の研究成果は、2012年10月16日(英国時間)付けのNature Communicationsのオンライン版に掲載されている。
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