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本当にITで農業を救えるのか!? コストイノベーションと地域視点で新たな営農スタイルを目指す「T-SAL」センサーネットワーク活用事例(2/4 ページ)

現役就農者の高齢化や後継者不足に伴う農家人口の減少、耕作放棄地の増加など、日本の農業が抱える課題に対し、IT/ICTで持続可能な農業を実現しようとする取り組みが各所で進みつつある。その1つが、東北のIT企業/農業法人や教育機関などが中心となり活動している「東北スマートアグリカルチャー研究会(T-SAL)」だ。大企業では実現できない地域連合ならではの取り組みとは?

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農業振興にITを!! 「地域」の視点で研究・開発するT-SAL

 農業のIT化は、“持続可能な農業”を実現するための重要な要素の1つであるといえる。おそらくそれは間違いないだろう。しかし、現実に目を向けてみると、IT活用やIT投資への意欲はあまり高くはなさそうだ。ではどうしたらよいのだろうか。何かよい手だてはないものだろうか――。

 この課題への“解”を求め、地域と密着し、地域の視点で農業のIT化を推し進める組織がある。「東北スマートアグリカルチャー研究会(T-SAL:Tohoku Smart Agriculture Lab.)」だ。

 東北に拠点を置く、IT関連企業、農業法人、教育機関、復興関連の財団法人などが中心となり、農業振興に役立つITシステムのあるべき姿を地域の視点で研究・開発し、それを実践する活動を行っている。T-SALは前述した行政・教育機関と大手企業という図式ではなく、東北の“地域連合”なのだ。前者との違いはどこにあるのか。以降、農業のIT化に取り組む組織の一例として、T-SALの活動内容を紹介していく。

T-SALの組織
T-SALの組織(※出典:T-SAL)

 なお、今回は、T-SALで副会長を務める菊池務氏(トライポッドワークス 常務取締役/東北大学 大学院 工学研究科 特任教授)と、トライポッドワークス 技術本部 プロジェクトマネージメントグループ プロジェクトマネージャ 渋谷義博氏、そして、T-SAL活動では黒子(?)に徹している日本マイクロソフト コンシューマー&パートナーグループ OEM統括本部 エンベデッド本部 ウィンドウズエンベデッドビジネス ジャパン リード 松岡正人氏に話を聞いた(以降、彼らのコメントを交えながらT-SALの活動について紹介したい[※取材時:2012年6月22日時点の所属・役職を記載])。

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左から日本マイクロソフト コンシューマー&パートナーグループ OEM統括本部 エンベデッド本部 ウィンドウズエンベデッドビジネス ジャパン リード 松岡正人氏、T-SAL 副会長 菊池務氏(トライポッドワークス 常務取締役/東北大学 大学院 工学研究科 特任教授)、トライポッドワークス 技術本部 プロジェクトマネージメントグループ プロジェクトマネージャ 渋谷義博氏(※取材時に撮影[2012年6月22日])

 T-SALが発足したのは2012年2月末のこと。もともとT-SALの副会長を務める菊池務氏(トライポッドワークス 常務取締役)が、東北大学 大学院 工学研究科の特任教授として、IT/ICTを活用した新しい農業の在り方を研究していたのだが――。その最中、東日本大震災が発生。菊池氏の農業振興にITを活用しようという研究内容が、震災の復興支援にも役立てられるのではということで、具体的なプロジェクトとしてT-SALが立ち上がった。

T-SALの目的と方針
T-SALの目的と方針(※出典:T-SAL)

コストイノベーションを起こし、新たな営農/新たなビジネスへ

 T-SALの活動のベースにあるのは「農業振興にITを活用しよう」ということ。その根幹を担う事業として、彼らはまず「地域において持続可能なスマートアグリカルチャーを実現するため、大幅なコストイノベーションを目指し、露地施設園芸を中心に実践的な研究開発を行うこと」(これを“2nd.Step”と呼ぶ)を掲げている。

 ここでは、1st.Stepとして定義された震災復興への取り組みを紹介する前に、全ての活動のベースである事業、2nd.Stepの概要について見ていこう。

 この2nd.Stepでは、IT企業が地元の地域営農者や流通組織と密接に「環境付随」「補助型」のITシステムの開発を実施し、スマートフォンやクラウド、組み込み技術、汎用センサーなどを活用したローコストモデルを開発することを目指す。具体的には、温度、湿度、照度の他、土壌の塩分濃度や放射線量を測定するセンサー、圃場の様子を撮影するカメラ、得られた情報を収集・蓄積するために必要なネットワークとクラウドなどを用いて、営農支援、データ分析・活用を行う仕組みを構築。新たな営農スタイルの確立につなげることを目標とする。

2nd.Stepの概要「露地・施設園芸支援」
2nd.Stepの概要「露地・施設園芸支援」(※出典:T-SAL)

 では、T-SALの研究開発と、大手企業が実施しているような農場向けのセンシングネットワーク技術とでは何が違うのか。そして、農業のIT化の足かせであるコスト、そしてIT機器利用のハードルについて、T-SALではどのような対策を講じているのだろうか。

 菊池氏は次のように語る。「過去行われてきた農業のIT化の大半は、コストで失敗してきた。持続可能な農業の実現のためには“コスト”がカギ。われわれは、コモディティ化された製品や技術を活用し、これらを知恵でつなぎ、インテグレートすればコストはかなり抑えられると考えている」。さらに、コストを抑えるための工夫としてT-SALでは、例えばシステムで使用するアプリケーションを地元の教育機関の学生や地元企業の若手エンジニアに開発してもらっているという。「何かあっても地元なのですぐに対応できるし、システムのインタフェースなども実際に使用する農家の人たちと密に連携しながら作り込むことができる。東京のエンジニアが出張費を掛けて対応するよりもはるかに安価に、迅速に対応できる。それがT-SALのが強みだ」(菊池氏)。

 これに加えて、T-SALでは、農家の人たちにITシステムを使ってもらうための仕掛けも検討している。「1つの案として、家電製品に近いシステムの開発、例えばTVを圃場データの観測モニターとして活用することを考えている」(菊池氏)という。

 具体的には、TVのHDMI端子に接続して使用する“マイクロPC”のような装置を想定しているとのことだ。PCなどのIT機器の操作に不慣れな農家の人たちでもTVであれば親しみがあるし、精神的な安心感が得られる。日ごろ使っているTVリモコンによる簡単な操作(“入力”を切り替えるだけなど)であればすぐに覚えられるだろう。これが実現すれば、畑に行かずに居間のTV画面で畑の状況(塩分濃度、放射線量、カメラ画像など)を確認できる。「こういう仕掛けでIT機器の利用のハードルを下げてあげることが大切。組み込み系企業が多くいる東北地域であれば、ハード/ソフトの両面で実現できるだろう」(菊池氏)。

 地元の人材や組織を適材適所で活用し、それらを密に連携させることで、地域密着で迅速かつ安価にシステムを作り上げる。これがT-SALの一番の強みである。そして、T-SALに参加する企業は、活動の中で自らの強みを生かしながらも、自分たちにはない技術やアイデアを持つ企業と協業する機会(ヒント)を得ることができる。いわば将来の事業化を目指す企業の実践の場でもあるのだ。「T-SALの活動の中で、新しいビジネスが生まれることも期待しているし、奨励している。参加企業の皆さんには、新たなビジネスの場、協業機会の場としてT-SALを活用してほしい」と菊池氏は話す。

 以下は、2nd.Stepの定点型センシングシステムの事例である。農業法人であるアグリフューチャー社の実験圃場内にセンサーやカメラなどを設置。遠隔地からの見える化、そしてSNS(Facebook)を活用した新しい就農スタイルの実験、機器制御の自動化などが行われている。

定点型センシングシステムの事例(1)定点型センシングシステムの事例(2) (左)2nd.Stepの定点型センシングシステムの事例/(右)農地を1坪ずつ区切り、貸し出す。プチオーナーとのコミュニケーション(種の仕入れ、育成に関するやりとりなど)はSNS(Facebook)を活用。自ら畑に行って世話をすることもできるが、圃場を運営するアグリフューチャー社に代理で育成・収穫を依頼することもできる。「はやりの『ゲーミフィケーション』の感覚で農業を楽しむことができる。収穫したものを実際にお店で販売することもできるので、学び・楽しみ・喜びを体験できる」(渋谷氏)(※出典:T-SAL)

ビニールハウスのビニールを遠隔制御で巻き上げる装置
画像はビニールハウスのビニールを遠隔制御で巻き上げる装置。ビニールハウス内の温度・湿度などを監視し、換気や温度調整が必要な場合に遠隔から自動で制御する(従来は、ハウスまで人が行き、実際に巻き上げ装置のボタンを押すことで巻き上げていた)(※出典:T-SAL)

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