もはやSFではない“サイボーグ”技術:人工網膜/人工内耳の最新研究事例から学ぶ(2/4 ページ)
米国の人気SFテレビドラマ「600万ドルの男」や「地上最強の美女バイオニック・ジェミー」の主人公達のように、人体の機能を電子機器によって代替する、いわゆる“サイボーグ”技術の実用化が進んでいる。本稿では、人工網膜と人工内耳に関する米国の最新研究事例を紹介するとともに、それらに活用されている電子技術について解説する。
失った視力を取り戻す
人工網膜は、加齢黄斑変性をはじめとする網膜変性疾患を患う人々にとって、視力を取り戻すことができる技術である。さまざまな研究開発の取り組みが進められており、実用化まで秒読み段階に入っている。
Boston Retinal Implant Project(ボストン網膜移植プロジェクト)の研究者は、15チャネルの視神経刺激用チップ、独立した電源回路、電力/データ受信用のコイルを内蔵した人工網膜を開発し、豚を使った前臨床実験によってその実用性を証明した。この動物実験では、チタンケース内に密閉された人工網膜の電子回路部を豚の眼球の横に貼りつけている。チタンケース内の電子回路と接続されている、視神経を刺激するための電極アレイは、眼球の上部まで伸びている(図2)。
この眼球に装着した人工網膜は、撮像素子を組み込んだカメラ、撮像した画像データを視神経刺激用のデジタル信号に変換するプロセッサ、信号を人工網膜に無線で送る送信器から成る体外部モジュールと組み合わせて使用する(図3)。
体外部モジュールから送信された視神経刺激用のデジタル信号は、人工網膜の電子回路部内にあるカスタムASICによって2相の電流パルスに変換される。電流パルスの強さと幅、周波数は、視神経を刺激する上で最適な値に制御することが可能だ(図4)。
この実験が実施された2009年以降、電子技術は現在も進展し続けている。そして、ボストン網膜移植プロジェクトの人工網膜が製品化され、米食品医薬品局(FDA)が人体への適用を承認するまでの間にも、さらなる小型化、低消費電力化、高機能化が進むことが予想される。例えば、携帯電話機などで実用化されているワイヤレス給電の技術は、体外部モジュールから人工網膜へ電力を搬送する際の効率を向上するのに応用できるかもしれない。
この他、スタンフォード大学の眼科学部およびハンセン実験物理学研究所(Hansen Experimental Physics Laboratory)が、太陽電池と同様に光起電力効果によって動作するフォトダイオードを使った人工網膜の研究を進めている。この人工網膜は、10層に分けられる網膜のうち、眼球に入った光に反応する視細胞層に障害を抱える患者の視力回復に役立てることができる。
同大学の准教授であるDaniel V Palanker氏によれば、その仕組みは以下のようになっている。まず、患者は、10層ある網膜の一番外側にある網膜色素上皮層と、その上にある視細胞層の間に人工網膜を埋め込む。次に、視線の方向の映像データを取得できるカメラを組み込んだゴーグルを装着する。このゴーグルは、眼球内の人工網膜に向けて波長約900nmの近赤外線を使って外界の映像を照射する機能も備えている。ただし、照射する映像データは、カメラで取得した映像データをゴーグルに接続した外付けの携帯型PCで一端処理したもので、約30度の視野に相当する映像を0.5ms間隔で照射する。
人工網膜は厚さが30μm、直径が3mmのシリコンチップで、この近赤外光によって発電するフォトダイオードがアレイ状に作り込まれている。チップ上の各素子は、パルス照射される近赤外線を2相の電流パルスに比例変換して、映像に関する情報を視細胞層以外の網膜組織に伝える。
この人工網膜は、映像データである近赤外線の照射によって発電するので、電源回路や体外部からの電力を送電する必要がない。このため、人工網膜の設計から製造、網膜内に埋め込むための外科的処置まで大幅に簡略化にできる可能性がある。また、シリコンチップ上に作り込んだフォトダイオードの素子を1画素と考えれば、微細化によって人工網膜の解像度を向上できるかもしれない。
現在、Palanker氏をはじめとする同大学の研究者は、この人工網膜から出力される電流パルスに対する網膜神経の反応についての研究を進めている。
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