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エンジニアの挑戦心に火をつける――“サラリーマンで日本一出世した技術者” 土光敏夫の「100の言葉」井上久男の「ある視点」(6)(2/2 ページ)

イノベーションを起こすために頑張る、あるいは頑張りたいエンジニアに読んでもらいたい言葉がある。サラリーマン技術者として最も出世した人物、故・土光敏夫氏いわく「自分の火種は、自分でつけよ」。

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「場」の喪失を超克する

 筆者は7年前、会社を興した起業家23人にインタビューし、どのような教育や経験が起業に影響したのかを調査したことがある。既に上場を果たしている有名企業のトップもいれば、スタートアップしたばかりの創業者もいた。その調査の中では「MBAで財務やマーケティングを勉強していたら、逆に知識が増え過ぎて失敗した時のことが怖くなり、起業できなかった。リスクに挑む時には、背中を押してくれるような『場』があった」といった回答が多く得られた。その「場」とは、まさしく、挑戦心に火を付けてくれた人や有志による勉強会などであった。

 しかし、いまの日本――特に企業社会は行き過ぎた成果主義の導入によって、自分さえよければいいという人が増えた。損得勘定抜きで部下や後輩に「けいこ」で胸を貸し、鍛えてくれる人がいなくなった。「感化の場」がなくなっている。

 土光氏は「自分で火をつけよ」と語る。たとえ、心に火を付けてくれる人がいなくても、自分自身で燃える努力をしろ、諦めるな、ということであろう。そして、周りに火を付けて燃え上がらせるような人材になれ、ということでもあろう。こうした人材を抱えている組織は強い。逆風下でも戦う風土のようなものが自然にできるからだ。

 日本のエンジニアはもっと本能を呼び覚まし、社会が求める技術を生み出せ! 経営者に面従腹背でもいいから自分の道を自分で追求する努力をしろ! そうすれば道はひらけると言っているようにも聞こえる。

「ぼくにいわせれば、本気でやれば故障は起きないものだ」

 もう1つ、本書で興味深かったのは「本気でやれば故障は起きない」という言葉である。土光氏のエンジニアとしての基本的な考えは、自分が作ったものは故障させない、という点にある。それはお客さんが困るからだ。「機械である以上、故障しないことはありえないというけれど、ぼくにいわせれば、本気でやれば故障は起きないものだ」と土光氏は語っている*。

*『日々に新た わが心を語る』(東洋経済新報社)


 これも日本の製造業が今後も競争力を維持していくうえで重要なファクターの1つではないか。電機や自動車など日本が得意としてきた分野では、価格競争で新興国に負け、いずれ品質でも追い上げられてくる。こうした現象は既に起きている。そこで差別化は品質の維持・向上しかない。

 しかし、日本では最近、コスト削減のやり過ぎなどが影響し、自動車メーカーでリコールが多発している。土光流に言えば、“お客さんのことを思って本気でやればリコールは起きない”ということになる。自動車のエンジニアは肝に銘じたい言葉だ。

「不景気でも研究開発費は惜しむな」

 最後に、ぜひ紹介したかった言葉は、「不景気でも研究開発費は惜しむな」である。

 「研究開発費は、不景気で経費削減だからといって惜しんではならない。会社の将来に必要な研究であれば、銀行から借金しても捻出すべきだ。不景気だからといって、研究をストップしたら優秀な研究者の頭が錆びてしまう」*


*『土光敏夫 21世紀への遺産』(文藝春秋)


 これはもう説明の必要はないだろう。いまの日本企業の課題を言い得ている。経営者が将来、自社に何が必要か、技術のロードマップを描けずに、開発コストを削ることで生き延びている企業も少なくない。自分が在任中だけやり過ごせばいい、という発想の下、戦略なきまま研究開発投資を絞る現状が、日本の企業社会の閉塞感を大きなものにしていると感じている。

 筆者は朝日新聞記者時代、土光氏のことを調べたことがある。「転機の教育」取材班にいて、主に経済成長と教育をテーマに取材していた。その時、土光氏が1972(昭和47)年に「脱工業化の時代、画一的な学校教育は打破せよ」と提言していたのを知った。まだ経団連会長に就任する前で、しかも1973(昭和48)年のオイルショック前でもあった。日本経済が成長期に位置付けられていた時代に、先を見越した提言をしていた。しかし、この土光氏の提言は石油危機を乗り切ると、先送りにされた。

 土光氏の発言を噛み締めて感じることは、「慧眼の経営者」であったということである。だから言葉が陳腐化しない。真のリーダーの発言とはそういうものだろう。



筆者紹介

井上久男(いのうえ ひさお)

Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/

フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。



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