CAEがなければ、ル・マンで走れなかった?:踊る解析最前線(1)(2/3 ページ)
東海大学の「ル・マンプロジェクト」チームが、たった7年間でル・マンへの参戦を果たすことができたのは、CAEやCADのおかげ。……だが、それだけではない。
さらに同氏は、日本ではCADやCAEなどのITツールそのものの使い方を誤ったため、設計思想がないがしろにされている面もあると指摘する。
「コンピュータに既に入っているものを鵜呑み(うのみ)にして使うだけでは、設計思想の意識は高まらない。まずは自分で考えることが大切」(林氏)。
日本では、本来は手段であるはずのCAD/CAEが、目的化してしまっている傾向があると同氏はいう。一生懸命にツールを使いこなすことが、ゴールになってしまっている。また、これらのツールを導入することで節約できるようになったコストと時間も、誤った使い方をしている。節約できた時間やコストを、製品の価格だけではなく、付加価値の向上に反映するべきだと同氏は提唱する。「モノの品質には、『当たり前品質』と『魅力品質』があるが、日本の自動車は前者は完ぺき。でも、後者が遅れている。人の感情を揺るがし、購買意欲を掻き立てるモノを作るためには、魅力品質にもっと力を入れるべき。当たり前品質だけをひたすら追求していっても、儲けにはつながらない」。
人間の感性に基づいた設計が付加価値を生む
では、魅力品質を高めるためにはどうすればいいのだろうか? 林氏は、「感性」が重要だと説く。
「かつてF1マシンの名デザイナーだったゴードン・マーレイ氏は、今でも図面をすべて手描きで描いている。何よりも、自分の感性を大事にしている証だ。最近の日本車がつまらなくなったのは、合理性ばかりを追求して、感性をおろそかにしているから。人の感性に訴えるモノには、付加価値が生まれる。そして付加価値は魅力品質を高めて、儲けを生む」(林氏)。
例えば、商品のデザイン。各パーツのデザインはそれぞれ魅力的でも、それらをすべて組み合わせた際のバランスや全体の印象は、やはり人間の感性で判断しないと消費者の感情を揺さぶるものはできない。このプロセスをITツールで、例えば人間の美的センスの「最大公約数」を割り出し、それを基に自動的にデザインするような仕組みを作っても、決していいものはできないと林氏はいう。
「『最大公約数的なものはない』と私は考えている。モノを作るのは人間だし、使うのも人間。従って、人間の感性を基にしないと、人の感情を掻き立てるモノはできない」(林氏)。
設計でも同様だ。自動車エンジンの設計というと、最先端の解析ツールを駆使して極めて機械的に行うようなイメージを抱きがちだ。実際、林氏がエンジンの設計を行う際も、局所的には解析ツールを活用するという。しかしエンジン全体の設計は、人間の感性を基にしないと無理だと同氏は断言する。
「エンジンは構造が極めて複雑である上、使用条件や外部条件も千差万別で、しかも刻一刻と変化する。現状では、これらすべての条件をコンピュータで処理するのは無理。人生をコンピュータでシミュレーションできないのと同じだ。そうなるとやはり、人間の感性が大切になってくる」(林氏)。
「人間性」と「技術の伝承」がル・マン参戦実現の鍵
ところで、大手自動車メーカーですら巨額の予算と多くの人材を投じてやっと参戦できるル・マンに、学生チームで参戦を果たすというのは、並大抵のことではない。そこには、技術面以外にもさまざまな知恵や工夫があるに違いない。
林氏はチーム運営に当たって、2つのことを大事にしているという。「人間性」と「技術の伝承」だ。
「ル・マンのような世界のトップレースとなると、多くの人々や企業が関係し、スポンサーも付くので、結果が非常に強く求められる。従って、『学生だから』という甘えは、一切許されない。社会人としてきちんとした振る舞いが求められる。学生に対する人間的な教育は、徹底的に厳しくやっている」(林氏)。
作業場所の近くにゴミが落ちていたら、たとえ自分たちが出したものでなくとも率先して拾う。企業に実習に行けば、まずはトイレ掃除から始める。工具を使った後は、次に使う人が使いやすい場所に置く。「人の嫌がることからやる」「自分は人のために何ができるかを最優先に考える」。こうした方針の下、人間性を重視した学生指導を行っているという。
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