CAEがなければ、ル・マンで走れなかった?:踊る解析最前線(1)(1/3 ページ)
東海大学の「ル・マンプロジェクト」チームが、たった7年間でル・マンへの参戦を果たすことができたのは、CAEやCADのおかげ。……だが、それだけではない。
モータースポーツにあまり興味のない読者でも、「ル・マン24時間耐久レース」の名前はどこかで聞いたことがあるだろう。フランスのル・マン市で毎年開催されるこのカーレースは、その名の通り24時間ぶっ続けでレーシングカーを走らせ続ける、世界一過酷なサーキットレースとして知られる。モータースポーツの本場ヨーロッパではF1をしのぐほどの人気があり、毎年世界中の自動車メーカーが、自社の威信をかけたワークスマシンでしのぎを削る。
世界中の自動車関係者やモータースポーツファンが注目するこの大会に2008年、初の大学チームとして参戦を果たしたチームがある。それが、東海大学の「ル・マンプロジェクト」チームだ。産学共同で7年間かけて独自開発したエンジンを搭載したレーシングカーで見事予選を突破し、本選でも完走まで後もう一歩というところまで迫った。
このチームを率いるのが、同大学 総合科学技術研究所教授の林 義正氏だ。林氏はかつて、日産自動車でレース用エンジンの開発エンジニアとして活躍した。日産は1992年の米国デイトナ24時間レースで、林氏が開発したエンジンを搭載したマシンで見事優勝を飾っている。このレースを指揮した林氏はその翌年に日産を退社し、以降は東海大学で次世代エンジンの研究開発に携わるとともに、大学生チームを率いてル・マンへの参戦を目指してきた。
世界中のメーカーが最先端技術の粋を集めたレーシングカーでしのぎを削るル・マンに、大学生チームで参戦を果たすことができた裏には、どんな秘訣があったのだろうか? そこでCADやCAEといったITツールは、どのように貢献していたのだろうか? 林氏に話を聞いた。
CAD/CAEを駆使して設計されたル・マンカー
「まったく何もない状態から、たった7年間でル・マンへの参戦を果たすことができたのは、CADやCAEなどのITツールのおかげ。まさに、『コンピュータさまさま』だ」――林氏はこう語る。東海大学ル・マンプロジェクトでは、3次元CAD「Pro/ENGINEER」を中心に、流体解析ソフトウェア「ANSYS FLUENT」、3次元CAD「CATIA」などを駆使してレーシングカーの設計を行っている。
図面は基本的にすべて3次元CADで作成し、空力設計もCAEソフトウェアで流体解析によるシミュレーションを行う。レーシングカーの空力は通常、CAEによるシミュレーションのほかにも、風洞実験や、サーキットで実車を走らせた実験を行う。ル・マンプロジェクトでもこれら3通りの実験をすべて実施しているが、CAEはコストや手間の削減に大きく貢献しているという。
「われわれのように予算が乏しいチームは、自前の風洞実験設備を持つことができないので、CAEのシミュレーションは本当にありがたい。精度の面でも、実車を使った実験の計測値とシミュレーションの計算値は、かなり合致する」(林氏)。
また近年のモータースポーツでは、「サーキットシミュレーション」という解析技術も使われている。これは、サーキットの理想的な走行方法をシミュレーションによって割り出すためのものだ。例えば、ある特定のRを持つカーブを走行する際、タイヤにどのような荷重が掛かり、車体にどのような慣性や空力が発生するかを計算し、最も速いタイムでカーブをクリアするためにはどのタイミングでブレーキをかけ、どのタイミングでどの程度アクセルを開ければいいかを算出するのだ。
「かつてレーシングドライバーは『気合と度胸で走る』といわれていたが、現代ではこうしたシミュレーションの結果にいかに合わせて走れるかがいいドライバーの条件。星野 一義や長谷見 正弘といった日産のワークスドライバーはこの点、素晴らしい技術を持っていた。彼らはサーキットシミュレーションとほとんど違わず、マシンを走らせることができた」(林氏)。
CAD/CAEの誤った使い方が日本製品の魅力を削ぐ
このように、一般的な製造業のモノ作りと同じく、今やモータースポーツの世界でもCADやCAEはフルに活用されている。しかし、日本の工学教育はそうしたIT化の潮流に遅れを取っていると林氏は指摘する。「大学でやる設計製図の授業では、とにかくきれいに製図することに主眼を置いていて、肝心の設計思想の部分をないがしろにしている。きれいに描くことは、CADを使えばいくらでも簡単にできる」。
例えば、現在一般的に用いられる図面は、まずはとにかく形状をきれいに描き表し、その後で材料を記入する。しかし、設計思想という観点でいえば、本来は形状と材料は不可分のものだ。
「図面は本来、こうした設計思想を具現化するためのものだ。まずは汚くてもいいから、設計思想を図面に表すこと。それが、CAD/CAE時代に即した工学教育の在り方だと思う」(林氏)。
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