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CAEがなければ、ル・マンで走れなかった?踊る解析最前線(1)(3/3 ページ)

東海大学の「ル・マンプロジェクト」チームが、たった7年間でル・マンへの参戦を果たすことができたのは、CAEやCADのおかげ。……だが、それだけではない。

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 また同氏は、近年の学生に見られる傾向として、「知的能力」は高いものの「実現能力」が備わっていない点を挙げる。モノ作りのプロセスでいえば、知的能力とは設計時の計算能力だ。近年の学生は偏差値教育の効果で、この能力は極めて高い。しかし、その計算結果を実際のモノに結実させる能力に欠けているという。

 「例えば、サーキットシミュレーションではタイヤに掛かる荷重や最適なキャンバー角などを事細かに計算できるが、計算だけで終わってしまっては単なるコンピュータ遊びにすぎない。それを、実際にサスペンションの設計にまで結び付けられないと、エンジニアリングとはいえない。これが実現能力だ。ル・マンプロジェクトでは、この能力を育成できる新しい工学教育の在り方を目指している」(林氏)。

 さらに、技術の伝承。ル・マンプロジェクトのメンバーは学生だ。3年生でプロジェクトに入ってきて、数年間で高い技術力を身に付けた学生も、卒業とともに去って行ってしまう。従って、技術が属人化してしまうと、メンバーの卒業とともに技術も失われてしまい、いつまでたっても開発が進まない。そのため、上級生から下級生へいかにうまく技術の伝承を行うかが重要な鍵を握る。

 林氏は、こうした条件下で確実に技術を伝承・蓄積していくためのポイントを3つ挙げる。まず1つ目が、ドキュメントによる伝承だ。伝承すべき内容は、まずドキュメントに起こすことで客観性を帯びる。そして2つ目が、マンツーマンによる対面での伝承。ここで、感性の部分も含めて各人の主観的な情報を伝承することがきる。そして3つ目が、実際のモノによる伝承。モノの形や重さ、手触りなど、感覚的な面での伝承がここで行われる。

 この3つがそろって、初めて効果的な技術の伝承が行われるという。こうして技術を引継ぎ、蓄積していったことで、ル・マンプロジェクトは発足からわずか7年間でル・マン24時間耐久レースへの出場を果たした。同プロジェクトのこうしたスキルトランスファーのノウハウは、一般企業でも十分応用できそうだ。事実、林氏はこのテーマで企業から講演の依頼を受けることも多いという。

制作風景
カウルも学生たちが型から製作する

新発想のハイブリッドエンジンでのル・マン参戦を目指す

 林氏と学生たちのチャレンジは、これからも続く。2011年には何と、ハイブリッドエンジンを搭載したレーシングカーでのル・マン参戦を目指している。現在、この新エンジンは開発の最終段階に差し掛かっているが、従来のハイブリッドエンジンとはまったく異なる発想を基に設計されているという。

 「現在実用化されているハイブリッドエンジンの技術は既に成熟の域に達しており、発展の余地はもうあまり残されていない。こうした段階に達した技術は、それ以上努力してもなかなか成果が生まれにくい。こうした状況を打破するには、根本の発想を変える必要がある。新しい発想が生まれれば、再び努力と成果が正比例の関係になる」(林氏)。

 近く、このまったく新しい発想から設計されたハイブリッドエンジンの詳細が公表される予定だという。しかし、なぜそれを市販車ではなく、あくまでレーシングカーに搭載することにこだわるのだろうか? 林氏は、次のように説明する。「現代の自動車技術のほどんどは、モータースポーツから生まれている。ラジアルタイヤにディスクブレーキ、空力、変速機……モータースポーツは、技術の試金石のようなもので、エポックメイキングな技術が生まれるきっかけになってきた。われわれのハイブリッドエンジンも、ル・マンを試金石としてメジャーな技術になることを目指す」。

photo
林氏のチャレンジは、まだまだ続く!

 林氏のチャレンジは、まだまだ続きそうだ。ちなみに、同氏はなぜスプリントレースではなく耐久レース、それも24時間レースにこだわるのだろうか?

 「24時間レースを体験すると、人生観が変わる。初めは速くても後でリタイアする車もあれば、一定のペースで淡々と走り続ける車もある。筋書きのないドラマが、延々と繰り広げられる。24時間の与えられた時間を、いかに有効に使って走るか。これは、人生と同じ。人間が一生のうちに与えられる時間はざっと約70万時間で、あらかじめほぼ決まっている。この与えられた時間をいかに有効に使って、いい仕事をするか。そのための必勝術は、寝ることを惜しみ、集中して事に臨み、有効に活用できる時間をいかに長く取れるかに懸かっている。これは、モータースポーツも人生も同じだ」(林氏)。

Profile

吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。 その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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