サムスンになれなかった日本の製造業:戦略構築のためのライフサイクル管理論(3)(2/3 ページ)
自社の製品開発戦略をしっかり把握しているでしょうか? 製品開発・生産技術の効率化を追求していたとしても、しっかりとした戦略とマネジメント意識がなければ意味がありません。本連載では、マネジメント技術としてのライフサイクル管理を考えていきます。
プロセスのイノベーション
多くの日本企業はプロセスのイノベーション力を強化することで世界有数の企業になってきました。
プロセスのイノベーション力または現場の改善力というものは自分の受け持った仕事もこなしつつ、他の部門の仕事の内容も把握し、後続の仕事に迷惑を掛けない仕事を心掛けるという日本人の特性がこの力を支えていました。
しかし、最近この強みがどんどん弱まっています。熟練工と呼ばれる職人さんが定年を迎え退職したからというのもありますが、それだけではありません。それよりも大きな要因はモノづくりで成功するためのスピード感とボリュームが従来とは比べものにならないくらいの速さと量を実現しないと利益が出ない構造になってしまっているという点です。
サムスンの機動力を支えるもの
1980年代に日本企業がDRAMで世界市場を席巻
していたとき、DRAMのような精密な半導体は日本企業でしか生産できないと誰もが思っていました。
そこにサムスンが圧倒的な生産量でコストを下げ、瞬く間に日本企業を圧倒していきました。
その後液晶ディスプレイやカラーテレビでも世界一になるとともに、携帯電話などもNOKIAに次いで2位という強さで市場を席巻(せっけん)し、かつて日本企業が得意としていた領域をことごとく凌駕してきています。
サムスンの強さはCEOのカリスマ性や人材育成のうまさ、徹底的なマーケティング戦略など、いろいろな分析がされていますが、総合すると特定市場に対しできるだけ早く生産量で他社を圧倒し生産コストを下げて市場を制圧するという戦略といえます。
そのためには最初は多少歩留まりが悪くとも最新の技術で生産量を確保し、投資を早期に回収するとともに時間とともに歩留まりが良くなれば圧倒的な価格優位性を持つことを実現しています。
どの商品も最初に市場に登場したタイミングが注目度が高く、良く売れるため、このタイミングにできるだけ多くの商品を投入し、他者が生産量で追いついたときにはすでに大きな価格優位性をサムスンの製品が持つ状況を戦略として作り出しています。
筆者の知人にサムスンの経営企画室でグローバルサプライチェーンの導入を推進していた人がいます。
彼と話しているとサムスンの強みは前出のポイントだけでなく、徹底した情報システム活用のうまさが浮かび上がってきます。
わずか3カ月でグローバル対応の仕組みを導入できる強さ
サムスンのグローバルサプライチェーン構築は、まず特定のプロジェクトでグローバルサプライチェーンのベースとなる業務プロセスとシステムを構築します。その後、グローバルでターゲットになっている市場に3カ月で業務プロセスとシステムを導入します。
もちろん国による習慣などがあり、3カ月で導入できない拠点も出てきますが、そのときは担当を総入れ替えして(場合によっては解雇してでも)システムを導入し、グローバルでオペレーションできる仕掛けを作り上げていきます。
こういった徹底したシステムの活用が、サムスンの持つ圧倒的なスピードのバックボーンを支えているのではないかと思います。ここには一切の妥協がありません。
日本企業によくある、「自分たちのいままでの業務プロセスを変えるのは面倒」なんて甘えは許されていません。また同じようなシステムがいくつもあって、すべてがバラバラに存在しているなんてこともありません。
このサムスンの事例は「弱い本社機能と強い現場力」と呼ばれる日本企業にとって非常に大きなヒントになると思います。
「強い現場力」を持つ日本企業ですが、市場環境の変化が速い今日ではうまく強みを発揮できていません。
日本人的な発想を生かした仕組み作り
その強みをサポートするためにITをもっと有効活用する必要があると思います。日本の「強い現場力」は「自分の受け持った仕事もこなしつつ、他の部門の仕事の内容も把握し、後続の仕事に迷惑を掛けない仕事を心掛けるという日本人の特性」が支えています。よって部門にクローズしたシステムでは意味がありません。
部門の壁を越えて製品情報を共有し、必要な人に必要とする情報をいち早く届けるシステム――PLMシステムを有効に活用することが日本企業の強い現場力をさらに引き上げる原動力となってきます。
また、本社機能が強いといわれている欧米の企業でも、多くの場合サプライチェーンマネジメントの領域が主です。この領域は量産後のプロセスであるためプロダクト・ライフサイクル・コストにおけるコストの変動要素は30%しかありません。
残りの70%の領域である製品開発プロセスを情報武装することで、日本企業の得意な現場力である擦り合わせ能力の最大化を実現し、競争優位の施策を取ることができるようになります。
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