アナログ感覚の数値化が肝心な自転車のメカ:隣のメカ設計事情レポート(1)(2/3 ページ)
ブリヂストンサイクルのスポーツバイク「アンカー」のメカ設計事情をレポートする。人の感覚というアナログな世界を数値化し機構へ反映するが、これが一筋縄ではいかぬ。
しなやかさと剛性を両立する
アンカーの機構設計を担うのは、ブリヂストンサイクル 設計部の中西安弘氏と同設計2課長の磯田亮氏である。 中西氏は設計全体の管理と実験・解析、磯田氏はフレーム設計を担当する。
まず磯田氏は、開発の流れを以下のように説明した。
- 選手の要望を取り入れて車種を企画
- フレームの形状やデザインを検討し、中西氏がアンカー・ラボで研究しているデータを入れ込み、仕様を決定
- 剛性の違う車両を数台ずつ試作してテストし、狙った性能まで達すれば量産
上記1〜3にかける期間は約1年である。RHM9のフレーム素材をカーボンにすることにより、どんなメリットが生じるのか?
「RHM9では『カーボンだがアルミのような乗り味』が出せることが性能に要求された。具体的にはカーボンのしなやかさを残しつつ、しなった後の反発を強くした」と中西氏はいう。
しなやかさと剛性という相反する性能を両立させるため、RHM9はフレームパイプの断面形状を円形ではなくひし形とした。この形状は縦・横方向の剛性を特に強くして、立ちこぎ(ダンシング)時などの強大な入力によって生じるフレームのたわみを受け止めるのに寄与するという。
「自転車のフレームは梁(はり)構造である。梁を構成するパイプごとの仕様(強度など)を設定すれば、おのずとフレームの性格も決まる。その仕様を支配する要素は、“外形”“肉厚”“材質”の3つだ。特にカーボンの場合、樹脂を染み込ませたカーボン繊維のシートを何枚巻くか、あるいは繊維の方向をどう重ね合わせるかを試行錯誤して性能を出していく」(磯田氏)
こうしてまとめ上げられていくフレームだが、特に難しいのは選手からの要望の合わせ込みの段階だと磯田氏は語った。
「選手が訴えている言葉を的確に翻訳しなければいけない。それに失敗すると、フレームも狙った性能が出せずに失敗してしまう。それにベンチテストでのデータと実走データのデータも、必ずしも一致しない」(磯田氏)
中西氏も磯田氏の言葉を引き取って以下のように説明する。「例えばベテラン選手だと『フレームの“どこどこの部分”がどうだからこうしてくれ』、と具体的に指示を出してくれる。ところが、若手選手だと『ぬめっとしている』『もさもさしている』『ダルい』という感覚的な言葉で表現する。何をいっているのか理解できないということは、正直、いまでもある。こうした選手の言葉を数値化していくのが開発の腕の見せどころだ。選手の言葉をわれわれが的確に翻訳できるほど、妥当な数値となる」。
こうして選手の言葉を数値化したデータが蓄積されていくのである。この合わせ込みに要する時間は約半年、つまり開発期間の約半分であるという。
実験計画法で解析を最適化する
この合わせ込みのプロセスで威力を発揮するのが「実験計画法」だという。通称「タグチメソッド」と呼ばれるもので、限られた時間と労力で効率よく開発を進めていく「設計最適化」に有効な方法として、ものづくりの現場でしばしば取り入れられている。
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アンカーの解析には直交表を使う。フレームであれば剛性を左右する8要因を抽出して、さらに要因ごとに2〜3水準を設定する。例えばトップチューブなら3種類のパイプを用意するという感じである。特別なソフトウェアは特に使用しておらず、Excelなどの表計算ツールを利用するなどして中西氏が計算しているという。
「要因と水準を総当たりで組み合わせると4374通りの実験をしなければいけないが、直交表に従い水準を割り付けることで18通りの組み合わせに絞り込むことが可能となる」(中西氏)。
この手法によって要因ごとの水準の最適な組み合わせが分かると同時に、要求に対する各要因の寄与率も分かるという。例えば「横剛性に関しては、ダウンチューブの寄与率はXX%」という具合である。
“選手の要望に対して常に応じられる状態”を目指す開発陣にとって、直行表はまたとないツールであるといえる。先述のひし形断面も、要望と設計限界を合わせ込む中で生み出された形状なのだ。
磯田氏は「円断面は無理のない、オーソドックスな形状だが、選手の『もっと剛性を』という声に一方的に合わせていくとパイプの径を太くしなければならず、重量や空気抵抗を考えると不利になる。タグチメソッドは開発工程を短縮するだけでなく、最適形状を追求する上でも有効だった」と説明した。
磯田氏が使う設計ツールは、CAEが「ANSYS」(アンシス)、2次元CADに「ME10」(コクリエイト・ソフトウェア)または「AutoCAD」(オートデスク)、3次元CADは「Cadceus」(日本ユニシスエクセリューションズ)または「Solidworks」(ソリッドワークス)だという。
「自分は2次元CADで構想図を書いて部品設計した後で3次元CADの部品モデルを作るが、最近の若い設計者はいきなり3次元CADで設計する人もいて驚く(笑)」(磯田氏)
自転車を設計する上での特徴について、磯田氏は「自転車は、精密機械ではない。フレームの設計そのものは3カ月で終わってしまう。最初に企画とデザインを打ち合わせた人が量産まで担当する。設計要素が少ないこともあり、1人の担当が1機種を最初から最後まで任される。新人設計者も同様だ」と話した。
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