アナログ感覚の数値化が肝心な自転車のメカ:隣のメカ設計事情レポート(1)(1/3 ページ)
ブリヂストンサイクルのスポーツバイク「アンカー」のメカ設計事情をレポートする。人の感覚というアナログな世界を数値化し機構へ反映するが、これが一筋縄ではいかぬ。
ブリヂストンサイクルは国内有数の自転車メーカーだ。同社の一番の特徴は、プロレーシングチーム「チーム ブリヂストン・アンカー」を擁することである。チーム ブリヂストン・アンカーは国内や海外のレースに数多く参戦し、優勝や上位入賞などの好成績を収めてきた。ブランド価値の向上のためにも、レースに勝つことが求められる。
そのスポーツバイクのトップブランドが「アンカー(ANCHOR)」である。毎年数多く参戦するレースの戦績、そして選手からのフィードバックが製品開発の重要な要素となっている。選手陣と開発陣がどう製品開発を進めているのか、同社の研究室「アンカー・ラボ」を取材した。
自転車開発は、選手の感覚が頼り
アンカーを支える2つの開発の柱は、“科学的解析”と“プロレーサー”である。これまで職人の勘が担ってきたノウハウを科学的解析が補い、プロレーサーが実際に使ってみてその性能を検証するというわけだ。
今回はそのラインアップの中でも最上級モデルの「RHM9」にクローズアップした。フレーム単体で24万5000円、完成車なら63万円と、モーターサイクルの価格にも匹敵する高性能車だ。一般にスポーツバイクに用いられる主な素材はクロモリ鋼、アルミ、カーボンだが、RHM9には軽さ、しなやかさ、剛性をいずれも高いレベルで満たすためにカーボンが用いられる。
チーム ブリヂストン・アンカー 監督 藤野智一氏は「プロ選手の車両でも市販車(RHM9)でもフレームの材質や寸法は基本的に同じである」と語った。
現在発売されている08年モデルの場合、その前年から開発が行われる。設計部門から上がってきた試作品をテストし、煮詰めていくのが選手の役割だ。
チーム ブリヂストン・アンカー 普久原奨選手は次のように語った。「フロントフォーク(前輪を支える部分)を何パターンか交換しながら実戦で乗り比べ、感じたことを表にまとめて伝えている」。
あらかじめ用意された表には、どんな項目があるのだろうか?
「乗ったときの硬さの印象、立ちこぎやコーナリングのときにどう感じるか、縦・横方向の衝撃、路面からのショックの吸収性などを5段階に分けて回答する。さらに『こうしてほしい』と思うところはメモに書き込んで伝えている」(普久原氏)
試作品の評価は選手1人ではなく、選手数人のチームで行う。試験の詳細については、「特性の違う試作品がA、B、Cとあるとして、選手には『これ試してみて』とだけいうようにしている。先入観が入るとダメなので。人の感覚だから、評価が一致したりバラけたりということはある。体重の軽い選手と重い選手とでは当然印象も異なり、体重が同じでも乗り方の違いで変わってくる」と藤野監督は説明した。
また、チーム ブリヂストン・アンカー 相川将選手はこんなふうに語った。「自分が伝えたいことと、実際に開発陣に伝わることとの間にギャップを感じることがある。自分の感覚を完璧に言葉にして伝えるのは難しい」。
体格もスキルも得意とする走り方も、選手それぞれで異なる。単にアンケートを採れば分かるというナマやさしいものではないようだ。だとすると、選手からのフィードバックによって見えてくるのはどんなことなのだろう。
「確かに言葉にするのは難しいし、選手の評価も一様ではない。選手同士でなら分かることが開発には伝わらないこともある。しかし開発陣の中には元選手もいるし、そうでなくても、とにかく自分も一緒に乗ってみて理解しようとする。そうすると、選手が何をいいたいのかが分かってくる。それにデータを積み上げていくことで選手の意図が徐々につかめてくる面もある。実際に乗ることで得られるデータはセンサーで測った数値とは違うので、選手が実際に乗って試す意味がある」(藤野監督)
物理的な変化量はひずみゲージを取り付けて計測できるが、例えばプロユースにおける限界領域での挙動と、それがもたらす乗り味を探るには生身の人間の感覚こそが頼りというわけだ。
2007年までチーム ブリヂストン・アンカーの現役選手で、現在はブリヂストンサイクル 販売企画部の田代恭崇氏は「データの蓄積を基に、開発の段階で特性の違うフレームを作り分けている。上がってきたフィードバックを見て、期待どおりの性能が出ているか評価している」と補足した。選手の感覚と開発陣の設計が拮抗(きっこう)しながら、フレームが作り込まれていくのである。
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