自動車用ハイテンの基礎知識:鉄鋼材料の基礎知識(15)(3/4 ページ)
今なお工業材料の中心的な存在であり、幅広い用途で利用されている「鉄鋼材料」について一から解説する本連載。第15回は、自動車用ハイテンについて説明する。
ハイテンの種類と成形性発現メカニズム
ハイテンが高い強度と優れた成形性を持つ秘密は、金属組織にあります。鋼には「フェライト」「パーライト」「ベイナイト」「マルテンサイト」などの組織がありますが、鋼は組織の出方によって異なる材料特性を示します。ハイテンは高度な製造技術によって組織が細かく制御されており、高い強度と優れた成形性を引き出しています。
ハイテンは組織の違いによって幾つかの種類があり、強度レベルや成形性発現メカニズムが異なります。ここでは代表的なハイテンの種類である「DP鋼(ディーピーコウ)」と「TRIP鋼(トリップコウ)」を例に、ハイテンの成形性発現メカニズムを説明します。なお、鋼の組織についてもう1度復習したい方は、連載第7回をご参照ください。
DP鋼
DP鋼は「Dual Phase Steel(デュアル・フェーズ・スチール)」の略称であり、和訳すると「2相鋼」となります。その名の通り、DP鋼は「2相組織を持つ鋼」です。
どのような2相組織かと言うと、図8に示すように「フェライト+マルテンサイト組織」です。軟質なフェライト基地中に硬質なマルテンサイトが分散した組織であり、マルテンサイトがハイテンの高強度特性を担い、フェライトがハイテンの高成形性を担っています。
プレス成形中はフェライトによって延性が確保され、伸びが生じて良好な成形性を示します。プレス成形後は塑性変形による転位が結晶中に蓄積されるため、加工硬化して高強度の部材に仕上がります。現在、DP鋼は780MPa級や980MPa級のハイテンとして広く使用されています。
DP鋼の2相組織は、図9に示す「連続焼鈍(れんぞくしょうどん)設備」によって作られます。連続焼鈍設備は、圧延された鋼板に熱処理を施して材質を調整するための設備であり、鋼板を連続的に急速加熱/冷却する機能を持っています。
DP鋼のもととなる低合金鋼板を冷間圧延した後、連続焼鈍設備に送り、フェライト+オーステナイト2相共存領域となる温度まで急速加熱します。その温度で一定時間均熱した後、ガスジェットや水を用いて急速冷却し、オーステナイトをマルテンサイトに相変態させてフェライト+マルテンサイト組織を得ます。その後焼き戻しを行い、硬さを調整します。DP鋼の強度や延性は組織中のフェライト/マルテンサイトの分率に影響されるため、均熱温度や均熱時間を制御して分率を調整します。
TRIP鋼
TRIP鋼は、フェライト+ベイナイト+残留オーステナイト組織から成ります。残留オーステナイトとは、熱処理時に相変態が完了せず、未変態のまま残ったオーステナイトのことです。図10に示すように、TRIP鋼中の残留オーステナイトは塑性変形によってひずみが加わると、硬質なマルテンサイトに相変態します。そのため、プレス成形時は良好な成形性を示し、プレス成形後は硬質な部材に変化します。
このように、塑性変形に伴って相変態を起こして加工硬化する現象を「TRIP(Transformation Induced Plasticity:変態誘起塑性)現象」といい、TRIP鋼の名前の由来となっています。TRIP鋼の強度は590MPa級や780MPa級にとどまりますが、DP鋼よりも高い伸びを示すため、DP鋼では成形困難な部材などに適用されています。
TRIP鋼は残留オーステナイトを生成させるために、冷間圧延後に連続焼鈍設備でオーステンパー処理を施します。すなわち、フェライト+オーステナイト2相共存領域またはオーステナイト単相域から急冷したのち、500℃以下で保持してベイナイトを生成させます。ベイナイト生成過程で炭素がオーステナイトに拡散することから、ベイナイト変態が生じると未変態のオーステナイト中の炭素濃度が上昇します。これによって室温でも準安定な残留オーステナイトを得ることができます。
その他のハイテン
DP鋼やTRIP鋼は「第1世代ハイテン」と呼ばれており、高い強度と優れた成形性を示しますが、さらに優れた強度と成形性を示す「第2世代ハイテン」や「第3世代ハイテン」が開発されています。ここではそれらのハイテンを簡単に紹介します。
「TWIP鋼」は第2世代に属するハイテンであり、塑性変形時に「Twinning Induced Plasticity:双晶誘起塑性」を起こし、非常に高い伸びを示します。そのため、DP鋼やTRIP鋼と比べて飛躍的に高い成形性を示します。ただし、製造工程やコストに課題が多いため、あまり実用化されていません。
第3世代ハイテンは、第1世代と第2世代の中間に位置する成形性を示すハイテンです。TRIP鋼の発展形が多く、ベイナイト+残留オーステナイト組織の「TBF鋼」、ベイナイト+マルテンサイト+残留オーステナイト組織の「TBM鋼」、マルテンサイト+残留オーステナイト組織の「TM鋼」、ベイナイト+マルテンサイト+残留オーステナイト組織の「Quenching and Partitioning(Q&P)鋼」などがあります。これらは980〜1960MPa級の非常に高い強度を示すハイテンとして、一部実用化されています。[参考文献7]
古くから利用されているハイテンでは、「IF鋼」や「BH鋼」があります。IF鋼は、炭素(C)や窒素(N)などの固溶型原子を無くした鋼です。固溶型原子がゼロの意味を持つ「Interstitial-atom Free」からIF鋼と呼ばれます。
鋼中の固溶Cや固溶Nは深絞り性に悪影響を与えたり、プレス成形時にストレッチャーストレインと呼ばれる模様を生成したりすることがあります。IF鋼では、チタン(Ti)やニオブ(Nb)などを添加することでCやNを固着し、固溶Cと固溶Nをほぼゼロにしています。強度は340〜440MPa級ですが、高い伸びを示し、面ひずみの発生も良好なため、高い塑性異方性が要求されるパネルに広く適用されています。
BH鋼(Bake Hardability Steel)は、プレス成形後の塗装焼付け処理(塗料の乾燥を目的に行われる低温熱処理)によって降伏点の上昇を得ることができるハイテンです。少量のCやNが固溶状態で含まれており、プレス成形によって転位が導入された状態で塗装焼付けすると、CやNが固着して降伏点が増加します。強度は340〜440MPa級であり、指で押したり小石が飛来したりしたときに永久変形しにくい「耐デント性」が要求される外板パネルに使用されています。
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![図9 連続焼鈍設備と焼鈍サイクルの例[参考文献6]](https://image.itmedia.co.jp/mn/articles/2610/29/kn20261030hiro9.png)
