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トヨタ史で記念すべき1年となった1925年、「自働化」の完成と「電動化」の始まりトヨタ自動車におけるクルマづくりの変革(12)(2/3 ページ)

トヨタ自動車がクルマづくりにどのような変革をもたらしてきたかを創業期からたどる本連載。第12回は、1925年(大正14年)の日本の経済、政治の状況と合わせて豊田佐吉と喜一郎の歩みを見ていく。この1925年は、トヨタ史において「自働化」が完成し「電動化」が始まった記念すべき1年となった。

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3.豊田佐吉が推し進めた自動織機の技術進化の流れ

 ここで、豊田佐吉が1890年(明治23年)〜1930年(昭和5年)に手掛けた、自動織機の主たる技術進化の流れをまとめてみる。

  1. 1890年(明治23年)〜1905年(明治38年):
    自動停止技術の確立→糸切れ検知と即時停止機構が完成→「品質の自動保証」を実現
  2. 1905年(明治38年)〜1920年(大正9年):
    張力制御や杼換の基礎研究→自動化に必要な周辺技術を1つずつ固める長期研究
  3. 1925年(大正14年):
    無停止杼換式豊田自動織機(G型)の完成→世界初の本格的自動織機→無停止杼換で生産性が飛躍的に向上
  4. 1929年(昭和4年):
    世界市場で技術が認められる→英国プラットの特許買収が国際的転換点

 さらに、豊田佐吉の活躍を、1890年代、1900〜1909年、1910〜1919年、1920〜1924年、1925〜1929年、1930年の各時代に分けて見ていこう。

出来事/技術 解説
1890(明治23) 豊田佐吉、独学で自動織機研究を開始 未完の手動改良機を多数試作。夜間に米沢町工場で試験
1894(明治27) 初期木製試作自動織機(木製ドビー式)完成 木製フレームでの自動化研究の原点。まだ自動杼換はない
1896(明治29) 豊田式木製人力織機が特許取得(第1195号) 力学的な構造を整理し「日本式改良織機」として普及
1897(明治30) 豊田式力織機(動力織機)第1号完成 原動機は当時主流の蒸気・ラインシャフト方式
表3 1890年代:手動織機から動力織機への転換期

 表3に示す1890年代は、手で動かす改良織機の試作から始まり、数年で“動力を使う本格的な力織機”へ到達した時期である。

  • 1890年ごろは、佐吉は独学で自動化を目指し、夜間に工場で試験を重ねながら、手動の改良機を多数試作した
    →まだ人力中心で、機構の整理と試行錯誤の段階。
  • 1894年は、木製フレームの初期自動織機(木製ドビー式)が完成
    →自動化の“原型”ができたが、杼換(シャトル交換)はまだ自動化されていない
  • 1896年は、木製人力織機が特許を取得し、改良された日本式織機として普及。
    →手動ではあるが、構造が整理され、実用性が高まった
  • 1897年は、ついに動力(蒸気機関+ラインシャフト)を使う「豊田式力織機」第1号が完成
    →手動から動力への決定的な転換点

 以上を要約すると、1890年代は「手で動かす改良機→木製自動化の原型→特許取得→動力織機の誕生」という急速な進化が起きた10年間であり、日本の織機技術が本格的に近代化へ踏み出した時期であった。

出来事/技術 解説
1902(明治35)〜1903(明治36) よこ糸切断自動停止装置(Weft-fork stop motion)の発明と実用化 世界的にも早い段階の自動停止技術。英国式より高速で確実な停止
1903〜1905(明治36〜38) たて糸切断自動停止装置(Dropper stop motion)の発明 たて糸1本の断糸でも即停止する精密さ
1903(明治36) 故障停止装置/過巻き防止装置など補助安全機構研究 後の“完全自動化”に不可欠な安全思想の始点
1905(明治38) 「鐘淵紡績」向けに試験織機を導入(鐘紡実験) 佐吉の技術が武藤三治の大規模神戸工場で初めて試験評価される
1906〜1909(明治39〜42) 自動織機の連続実験。送り機構/杼箱の耐久試験 トヨタグループ独自の機械要素(リンク・ラチェット・テンター機構)を磨く
表4 1900〜1909年:自動停止装置の発明期(自動化の核心技術)

 表4に示す1900〜1909年は、豊田佐吉が“糸が切れたら自動で止まる”仕組みを次々と発明し、世界水準を超える自動停止技術を確立した時期である。これが後の完全自動織機の核心となった。

  • 1902〜1903年は、よこ糸切断自動停止装置の発明。
    →糸が切れた瞬間に機械が自動停止する仕組み。英国式より高速/確実で、世界的にも先進的な技術だった
  • 1903〜1905年は、たて糸切断自動停止装置の発明
    →たて糸1本が切れただけで即停止する精密な装置。布の品質を守るために不可欠な技術
  • 1903年は、故障停止/過巻き防止など安全機構の研究
    →自動化に必要な“安全思想”がここで確立される。単に動く機械ではなく、異常を自ら検知して止まる機械へ
  • 1905年は、鐘淵紡績(鐘紡)での実験導入
    →大規模工場で初めて佐吉の技術が本格評価される。実用化に向けた大きな前進
  • 1906〜1909年は、連続実験と耐久試験
    →送り機構/杼箱などの耐久性を徹底検証し、トヨタ独自のリンク・ラチェット・テンター機構が洗練されていく

 以上を要約すると、1900〜1909年は「糸が切れたら止まる」→「異常があれば止まる」という“自動停止”の核心技術が一気に完成した10年間である。

 そしてこの技術こそが、後の無停止杼換式自動織機(G型)につながり、トヨタグループの“自働化(jidoka)”思想の原点になったといえよう。

出来事/技術 解説
1910(明治43) 豊田式織機に改良クラッチ/補助停止機構を追加 後のG型クラッチの前身となる設計
1911(明治44) 佐吉、欧米紡績技術視察(第1次渡航) プラット・ブラザーズ(英国)など世界的メーカーの機構を研究
1913(大正2) たて糸送り(ラチェット式)を本格研究開始 1924年まで続く難課題。電子制御前の機械式フィードバック制御の萌芽
1914〜1917(大正3〜6) 織機構造の鋼化/標準化 木製部分をほぼ完全に鋼化し、高速運転耐性を向上
1918(大正7) 豊田自動織布工場(後の試験生産設備)を設置 社内で実機生産し、研究機の耐久性を評価する体制を整備
表5 1910〜1919年:自動杼換への移行準備と組織化

 表5に示す1910〜1919年は、完全自動織機(無停止杼換式)に向けて“機構の高度化”と“組織的な研究体制づくり”が同時に進んだ時期である。

  • 1910年は、改良クラッチ/補助停止機構の追加
    →後のG型自動織機に使われるクラッチの原型がここで生まれる。自動杼換に必要な「確実に止める/動かす」制御の基礎・1911年は、佐吉の欧米視察(第1次渡航)
    →英国プラットなど世界的メーカーの織機を直接研究。自動化の方向性を国際水準で検証し、技術の視野が一気に広がる
  • 1913年は、たて糸送り(ラチェット式)の本格研究開始
    →自動杼換に不可欠な“送り量の安定制御”という難題に挑む。電子制御のない時代に、純機械式フィードバック制御を模索
  • 1914年は、織機構造の鋼化・標準化
    →木製から鋼製へ移行し、高速運転に耐える強度と精度を確保。自動化に耐える“工業製品としての織機”が整い始める
  • 1918年は、豊田自動織布工場の設置
    →社内に試験生産設備を持ち、研究機の耐久性を自社で評価可能に。技術開発が“個人の工房”から“組織的な研究体制”へと進化

 以上を要約すると、1910〜1919年は「機構の高度化」+「研究体制の組織化」が同時に進み、後の無停止杼換式自動織機(G型)を実現するための“土台づくり”が徹底的に行われた10年間であった。

出来事/技術 解説
1920(大正9) 豊田自動織機研究所(豊田式織機株式会社内)を設立 本格的な研究体制を確立。若手技術者が多数参加
1921〜1923(大正10〜12) よこ糸自動杼換装置、残量検知フィーラの研究が加速 トランスミッティングロッド、杼箱改良など細かな要素技術が成熟
1924(大正13) 「無停止杼換式豊田自動織機(G型)」の完成(非停止自動杼換装置付き) 世界初の実用的自動織機。高速運転で止まらない画期的装置
(主な完成技術)(1)無停止自動杼換(2)ウェフトフィーラ(3)杼換安全装置(4)不正杼入れ防止(5)たて糸保護装置(6)杼停止位置安全装置 G型の完成は“織布産業のフォード式大量生産革命”とも評される
表6 1920〜1924年:「無停止杼換式豊田自動織機(G型)」の完成(自動織機革命)

 表6に示す1920〜1924年は、研究組織の整備→自動杼換技術の成熟→世界初の実用的自動織機G型の完成、という“自動織機革命”が一気に進んだ時期である。

  • 1920年は、豊田自動織機研究所の設立
    →本格的な研究体制が整い、若手技術者が多数参加。個人の工房から“組織的な研究開発”へと転換
  • 1921〜1923年は、自動杼換/残量検知フィーラの研究が加速
    →よこ糸が尽きる前に自動で杼を交換する仕組みを追求。杼箱やトランスミッティングロッドなど細部の機構が成熟し、“止まらずに織り続ける”ための要素技術がそろっていく
  • 1924年は、無停止杼換式豊田自動織機(G型)が完成
    →世界初の実用的な自動織機。高速運転中でも止まらずに杼を交換できる画期的技術。不正杼入れ防止、たて糸保護、杼停止位置安全装置など、多数の安全/制御機構が統合された“完成形”
    →このG型の登場は、「織布産業のフォード式大量生産革命」と評されるほどのインパクトを持つ

 以上を要約すると、1920〜1924年は「研究体制の確立→自動杼換技術の完成→世界初の実用自動織機の誕生」という、豊田自動織機史の中でも最も劇的な飛躍が起きた時期であった。

出来事/技術 解説
1925(大正14) G型を改良した生産型を量産開始 以降、国内の多数の織布工場に導入される
1926(大正15)〜1927(昭和2) 海外メーカー(英国、インド)で現地評価 英国プラットが「画期的」と評価
1928(昭和3) 欧米視察団が来日しG型を高評価 非停止杼換の信頼性が注目される
1929(昭和4) 英国プラット、G型の特許を10万ポンドで買収 当時の日本の技術史で最大級の国際取引。トヨタ資本の基盤に
表7 1925〜1929年:海外進出と技術の世界的評価

 表7に示すように、G型自動織機は1925年以降、国内量産→海外評価→国際特許取引へと進み、“日本の技術が世界に認められた時代”を象徴する出来事が連続した。

  • 1925年は、G型の量産開始
    →改良された生産型が本格的に製造され、国内の多くの織布工場に導入される。日本の織布産業の生産性が一気に向上
    →詳細は、次回以降に述べるが、1926〜1927年は、海外メーカーでの現地評価(英国、インド)→英国プラットが「画期的」と高く評価。世界の本場で“日本製が優れている”と認められた重要な瞬間
  • 1928年は、欧米視察団が来日しG型を高評価
    →非停止杼換の信頼性が特に注目される。「止まらずに織り続ける」技術が世界的に驚きを呼ぶ
  • 1929年は、英国プラットがG型特許を10万ポンドで買収
    →当時の日本技術史で最大級の国際取引。この資金が後のトヨタ自動車創業の基盤にもなる。日本の技術が世界市場で正式に価値を認められた象徴的事件
出来事/技術 解説
1930(昭和5) 自動車研究への本格移行が始まる G型の成功により蓄積した資本を自動車研究へ転換。これが後の「豊田自動織機 → トヨタ自動車」への道となる
表8 1930年:自動織機から自動車へ

 表8に示す1930年は、G型自動織機で得た資本と技術力を“自動車研究”へ本格的に振り向け始めた転換点に当たる。

 次回以降に詳述するが、1930年(昭和5年)は、G型自動織機の大成功により、豊田自動織機は大きな資本と技術的自信を得た。その蓄積を基に、喜一郎が佐吉の遺志を継ぐ形で自動車研究へ本格的に移行する動きが始まる。

 この決断は、「豊田自動織機→トヨタ自動車」へとつながる歴史的な方向転換であり、日本の自動車産業の出発点となった。

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