1990年代後半のものづくり(その1)〜設計研究の芽生え〜:ものづくりをもっと良いものへ(5)(2/3 ページ)
本連載では、エンジニアとして歩んできた筆者の50年の経験を起点に、ものづくりがどのように変遷してきたのかを整理し、その背景に潜むさまざまな要因を解き明かす。同時に、ものづくりの環境やひとづくりの仕組みを考察し、“ものづくりをもっと良いものへ”とするための提言へとつなげていくことを目指す。第5回は「1990年代後半のものづくり」をテーマに、設計研究の芽生えについて振り返る。
設計研究の芽生え
前述したように、1980年代の日本のものづくりは世界一であった。これは欧米の研究者にとって不思議なことであっただろう。そこで、彼らの多くは日本を訪問し、代表的な企業をヒアリングすることで分析を行った。
要するに、そこに何か戦略や手法があるのではないか、と感じていたのだ。しかし実際には、明確な戦略や手法は見当たらなかった。それでも彼らはさらに分析を行い、それを設計戦略として整理し、名称を付けて広く共有を図る努力を重ねた。これが「設計研究の芽生え」である。なお、これらの手法については回を改めて紹介する。
参考文献[2]の中に、マサチューセッツ工科大学(MIT)がトヨタ自動車の開発プロセスを分析、整理した内容が示されている。彼らは種々の検討を行った後に、その開発手法の一つを「セットベース開発(Set-Based Concurrent Engineering)」と呼んでいる。まさに、現在日本で呼ばれているセットベース開発の本質を描いたものだ。非常に興味深い記事なので一読を勧める。
ここで興味深いのは、トヨタ自らがものづくりのやり方を体系的に考えていたわけではなく、結果として会社の戦略が優れていた点である。それは、トヨタが失われた30年にさほど影響を受けず現在に至っていることからも分かる。一方で多くの会社は、大量生産の時代はよかったものの、1990年代以降のものづくりの複雑化に対応できなかったともいえる。
いずれにしても、このようにして設計研究がスタートしたが、それらの研究には経営工学も絡んでいる。一方、日本では「失われた30年」に突入し、何がうまくいかないのかという問題意識から欧米の設計工学に触れ、研究が始まったのは1990年代後半になる。日本のものづくりを欧米が研究として立ち上げ、それに遅れて日本でも設計工学が芽生えたのは興味深いことだ。なお、製品の種類や会社の規模によって設計戦略や手法は異なってくる。
ものづくりのための戦略
ここに、業種や規模にかかわらず共通していえるものづくりのための戦略を紹介する。これはFabrycky, W. J. and Blanchard, B. S., Life-Cycle Cost and Economic Analysis, Prentice Hall International Series in Industrial and Systems Engineering, 1991による、製品開発における上流設計の重要性である。
補足すると、製品開発のライフサイクルコストは開発の進行とともに図2のように決まっていく。すなわち、設計終了段階で製品の全ライフサイクルコストの80%が確定する。これは試作調達、製造組立以降の変更が大きな後戻り(バックトラック)を発生させ、製品開発に費用とスケジュールの両面で甚大な影響を与えることを意味する。
したがって、設計を戦略的かつ効率的に実施し、それ以降の製品開発における後戻りを減少させることが重要である。設計でも、詳細設計となると作業的な負荷が大きくなり、やり直しは製品開発全体に少なからぬ影響を与えるため、できればより上流の概念設計段階で可能な限り多面的な検討を行うことが重要だ。
図2では少し分かりにくいため、筆者は図3のように描いて説明している。これまでは、設計の上流で十分な検討を行ってこなかった。その理由は、CAD/CAEのようなツールが形状の決まっていない設計上流では使えなかったことなどにある。そのため、製造段階で不具合が見つかり、再度設計に戻るバックトラックが発生していた。これを踏まえ、上流設計に重点を置いた製品開発プロセスが考えられた。これは当時、「設計のフロントローディング」と呼ばれていた。もちろん、絵に描いた餅であった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

