炭素繊維市場創出の“場”として機能する金沢工大 ICC、参加企業が見いだす意義:製造業“X”探訪(3)ICC(後編)(1/4 ページ)
多くの製造業がDXで十分な成果が得られていない中、あらためてDXの「X」の重要性に注目が集まっている。本連載では、「製造業X」として注目を集めている先進企業の実像に迫るとともに、必要な考え方や取り組みについて構造的に解き明かしていく。第3回では、金沢工業大学の革新複合材料研究開発センター(ICC)に参画する4社の製造業の取り組みから、エコシステムの実像を紹介する。
製造業DX(デジタルトランスフォーメーション)において、本質的な「X(ビジネス変革)」の在り方が問い直される中、成功している製造業はどのような取り組みを進めているのだろうか――。
第2回では、金沢工業大学の革新複合材料研究開発センター(ICC)が作り出しているエコシステムの全体像を紹介したが、第3回となる今回は、このICCに参画する小松マテーレ、津田駒工業、石川樹脂工業、サンコロナ小田の4社の取り組みから、各社の思いとエコシステムの実像を紹介する。
本連載の趣旨
前石川県副知事で政策研究大学院大学 特任教授の西垣淳子氏と、早稲田大学 研究戦略センター 教授の楠和浩氏が「製造業X」を体現している企業や現場を訪問し、次世代を担う製造業の変革の姿を紹介する。また、その姿がインダストリー4.0などで示された参照モデルの中で、どういう位置付けを担うのかを示しつつ、成功のポイントについて議論する。
4社の取り組みの前に、石川県がなぜここまで炭素繊維複合材料に力を入れているのか。ここに至る経緯を紹介したい。まず2010年までに地元の大手企業で炭素繊維複合材料に進出する動きが顕在化した。本稿でも紹介する小松マテーレは2007年に炭素繊維の用途開発を開始し、東レ(石川工場)では2009年に炭素繊維プリプレグの新工場を立ち上げた。
その中で、2009年に石川県主導で「いしかわ炭素繊維クラスター」が設立された。2012年には、石川県産業創出支援機構(ISICO)にこの分野における第一人者である金原勲氏(2001年に東京大学から金沢工業大学に転任)をクロスアポイントメント制度で採用した。そして、その人脈を通じて、鵜澤潔氏(東京大学から転任)を所長とするICCを金沢工大の中に2014年に設立し、国内における炭素繊維複合材料の重要な産業地域として強化を進めているところだ。
「ICCがなければできなかった」炭素繊維の建材展開を進める小松マテーレ
ICCとの関係について、最初に話を伺ったのは、小松マテーレ(2018年に小松精練から社名変更)だ。小松マテーレは、ファッション衣料用素材を中心とする化学素材メーカーだが、新規事業として、熱可塑性炭素繊維複合材料の事業化に取り組んでいる。そして、その実現にICCが大きな役割を果たしたという。石川県能美市の本社で、小松マテーレ 常務取締役 技術開発本部長の小川直人氏と、理事で技術開発本部長補佐の奥谷晃宏氏に話を聞いた。
小松マテーレでは2007年に先端材料の1つとして炭素繊維複合材料の用途開発を開始した。「炭素繊維に乗り出した時は、炭素繊維も繊維なので、繊維メーカーとして何とかなるだろうという気持ちだった」と奥谷氏は当時を振り返る。例えば、小松マテーレが最終的に製品化したものの1つに熱可塑性炭素繊維複合材料「CABKOMA」がある。ただ、その開発の道のりは平たんではなかった。
小松マテーレが炭素繊維開発に取り組んだ際、既存の熱硬化性CFRP(炭素繊維強化プラスチック)は、成形の難易度が高く、コストも高いために新たな用途の開拓が難しいと、先行メーカーなどから助言を受けたという。そこで、炭素繊維の一般的な特徴である「軽い」「強い」「錆びない」「線膨張が小さい」を生かし、2010年には建材用ロッド材にターゲットを絞った。成形性を確保するために熱可塑性複合材料を基本とし、コスト対応力を確保するために、強度が要求される分だけ芯で炭素繊維を用い、外周などを安価な合成繊維やガラス繊維で被覆する組みひも構造を採用した。石川県能登地方で伝統的に使われてきた組みひも構造が生かされている点はとてもユニークだといえる。
ただ、技術的にはさまざまな壁にぶち当たったという。まず、カーボンファイバーの原糸を撚り糸にするまでは既存の繊維関連の技術が活用可能だったが、熱可塑性炭素繊維では樹脂を繊維に含浸させ、そこで一定の性能を確保しなければならない。その難しさがあった。「もともと、スキーウェアなどで樹脂を生地に貼るような異種材料を組み合わせる技術は社内に持ち合わせていた。しかし、熱可塑性炭素繊維は、繊維に樹脂を含浸させ、一定の性能を確保しつつ、生産性を両立させる難しさがあった。樹脂の含浸などについての知見や、最終的な建材としての知見などが不足していた」と奥谷氏は当時を振り返る。
地元の石川工業高等専門学校などと協力しながら開発を進めていたが、なかなか開発のスピードが上がらなかった。そうしたタイミングで2014年に金沢工業大学 COI研究推進機構の拠点の一つとしてICCが誕生した。研究テーマとして合致していた他、それぞれの専門領域を持つ優れた研究員、開発/評価設備などが用意され、ソフト面、ハード面での開発基盤が整った。「建材については素人で、どこに行って誰に聞けばよいかも分からなかった。ICCに行けば、さまざまな材料の専門家がいた。樹脂や建材の専門家のアドバイスを受けることができ、本当に助かった。試験設備の活用なども含め、開発のスピードは劇的に加速した」と奥谷氏は語る。
建材として炭素繊維の本格展開を開始へ
これらを経て生まれた「CABKOMAストランドロッド」は、炭素繊維を芯材とし、外装を無機繊維で巻いたロープ状の複合材料だ。ただ、製品はできても、法律面や建築工法などのクリアすべき問題があり、すぐに構造材として建築物に採用されるわけではなかった。そのため、まず「耐震補強用材料」として活路を見いだそうとした。
耐震補強材料とするためには、補強の性能を明確に示す必要がある。そのため標準化(JIS対応)が必要であり、測定方法なども定めなくてはならない。そのデータ作りにも、ICCの協力は不可欠だった。各種データをそろえるには、測定器を駆使し実験を繰り返すが、市場が見えない新規材料開発において企業が自ら全ての測定器をそろえることは難しいからだ。そこに、ICCの機器群や、それを扱える技術者たちの下支えがあった。
これらを乗り越え「CABKOMAストランドロッド」は採用物件を増やしている。木造建築物との親和性が高く、鉄やアルミに比べて剛性のミスマッチを低減できることから、富岡製紙場の西置繭所、富士屋ホテルの花御殿、麻布台ヒルズ外装など多くの歴史的建造物や有名建築物で採用実績がある。
さらに、小松マテーレでは「CABKOMAストランドロッド」を自社工場の耐震補強にも実際に活用している。工場を止めずに耐震補強ができるという大きな利点があり「多くの工場が耐震補強を行いたいけど、既存設備に影響を与えたくないという悩みを抱えているのではないか」(小川氏)と新たなビジネスモデル開拓を進めているところだ。くしくもこの自社工場での耐震補強を行った直後に能登半島地震(2024年1月)が起こったという。「自社内でも耐震補強した工場と、そうでない工場とでは影響が大きく違った」(奥谷氏)。
災害が頻発する昨今、全国の工場において、耐震補強は大きな課題だ。ただ、一般的な耐震補強では、補強材を設置するための重機や複雑な足場などが必要になる。その中で、軽量で柔軟な炭素繊維の特徴を生かし、「工場稼働を止めない耐震補強工法」としての新たなソリューション提案を進めているところだ。
耐震補強材として「CABKOMAストランドロッド」を自社工場に適用している様子。天井の白い線がCABKOMAストランドロッドだ。建物や既存設備などに大きな影響を与えることなく耐震補強ができる点が大きな利点だ[クリックで拡大]
このように、小松マテーレによる炭素繊維複合材料の事業化は、ようやく今、花開き始めたところだ。ただ、ここに至るには、ICCによる幅広い支援は欠かせないものだった。材料設計、材料開発、成形加工に向けた技術開発のみならず、標準化や適法性試験に向けた実験やデータ収集など、ICCの持つ研究者ネットワークも活用しながらの二人三脚で進めてきた。「ICCがなければできなかった」と奥谷氏は述べている。
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