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EVシフト減速の中、なぜフォルクスワーゲングループは堅調なのか和田憲一郎の電動化新時代!(59)(1/3 ページ)

EVシフトの減速が叫ばれる中で、VWグループがBEVおよびPHEVの販売を大きく伸ばしている。そこには日系自動車メーカーとは異なる長期戦略が隠されているのではないか。VWグループの経営戦略に焦点を当てながらその狙いを考察する。

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 2025年10月10日、ドイツの自動車大手フォルクスワーゲン(以下、VW)グループは、2025年1〜9月期における世界販売状況を公表した。それによれば、世界全体の販売台数は前年同期比1%増の約660万台に達した。中でも、BEV(バッテリー電気自動車)の販売台数は前年同期比42%増の71.7万台、PHEV(プラグインハイブリッド車)は同55%増の29.9万台と、いずれも大幅な伸びを示している。近年、EVシフトの減速が叫ばれる中で、なぜVWグループはBEVおよびPHEVの販売を大きく伸ばしたのであろうか。そこには日系自動車メーカーとは異なる長期戦略が隠されているように思えてならない。今回はVWグループの経営戦略に焦点を当て、筆者の考えを述べてみたい。

⇒連載「和田憲一郎の電動化新時代!」バックナンバーはこちら

 なお、2025年10月末に発表されたVWグループの2025年1〜9月期の決算は、売上高が前年同期比1%増の2387億ユーロ(約42兆2600億円)、営業利益は同58%減の54億ユーロ(約9560億円)となった。営業利益の大幅な減少は、米国関税の影響や、ポルシェの製品戦略見直しに関連する引当金/減損処理などによる75億ユーロの減益要因が発生したことが響いたようだ。

 経営陣は「好不調が入り交じった状況だった。一方で、ICE(内燃機関車)と電動車(BEV/PHEV)の市場での成功が見られる」とした上で、「米国関税の影響、ポルシェの減損処置を除くと、グループ営業利益率は5.4%である。今後も既存の業績改善プログラムを徹底的に実行し、効率化施策を推進し、新たなアプローチを開発しなければならない」とコメントしている。業績改善に向けた取り組みが着実に進展していると判断しているようだ。

EVシフト減速の中、なぜVWは着実に進展なのか

 最初に、ここ10年のいきさつについて述べたい。2015年に発覚した排出ガス不正問題、いわゆる「ディーゼルゲート」は、VWグループに深刻な経営的打撃を与えた。同事件により複数の経営幹部が刑事訴追を受け、企業としても巨額の罰金を科される結果となった。この経験を契機として、VWグループは持続可能性と企業倫理の観点から事業戦略の見直しを迫られ、電動化への転換が加速したとされている。

 2018年には、BMW出身のヘルベルト・ディース氏がCEOに就任し、電動化戦略の推進を本格化させた。しかしながら、詳細は後述するものの、社内混乱の責任を取って2022年にCEOを退任している。その後、ポルシェ出身のオリバー・ブルーメ氏が後任としてCEOに就任し、VWグループの経営を担っている。ブルーメ氏の下で、同社は電動化と伝統的ブランド価値の両立を模索する新たな経営方針を展開している。

 では、世界的にEVシフトの減速傾向が見られる中にあって、なぜVWグループのBEVおよびPHEVの販売が堅調に推移しているのか。その背景にはVWグループ特有の、過去/現在/未来にわたる長期的かつ一貫した戦略が存在するのではと推察する。あくまで筆者の私見であるが、大きな要因を3つ抽出し、その内容を述べてみたい。

1.グループ全体のソフトウェアを統括するCARIADが寄与

 CARIAD(カリアド)は、2020年にVWグループのソフトウェア開発を統括する子会社として設立された(図1)。同社の設立は、当時CEOを務めていたディース氏の構想に基づくものであり、名称の「CARIAD」は「CAR, I Am Digital」の頭文字に由来するとされる。

図1
図1 CARIADのWebサイト[クリックでWebサイトへ移動]

 CARIADの設立は、VWグループにおけるソフトウェア開発体制に構造的な変革をもたらした。従来、VW、アウディ、ポルシェ、ベントレー、ランボルギーニ、ブガッティ、シュコダ、セアトなど、同グループに属する各ブランドは高い独立性を有し、それぞれが個別に車両およびソフトウェア開発を行ってきた。このような背景から、グループ全体での統合的なソフトウェア開発体制への移行に際しては、かなりの内部抵抗が生じたと推察される。また、当時はSDV(ソフトウェアデファインドビークル)が自動車の競争力の中核を担うとの認識が、各ブランド間で十分に共有されていなかった可能性が高い。

 こうした認識の不一致および体制移行に伴う混乱は、ソフトウェア開発の遅延を招き、結果としてBEVおよびPHEVの発売計画に遅れを生じた。この遅延は、VWグループの筆頭株主であるポルシェ家およびピエヒ家の反発を招き、当時CEOであったディース氏が2022年に退任する形で詰め腹を切らされる結果となった。

 ディース氏がSDVの進展をどの程度まで予見していたかは定かではないが、現在のSDVに関連するソフトウェア領域は、従来の自動車開発の枠組みを大きく超える広範な分野に及んでいる。具体的には、無線による車両アップデート(OTA:Over the Air)、車載OS(Vehicle OS)、統合制御ソフトウェア、センサー関連ソフトウェア、ADAS(先進運転支援システム)、自動運転におけるE2E(End to End)アーキテクチャ、セキュリティソフトウェア、インフォテインメントシステムなどが含まれる。これらの多様なソフトウェアを各ブランドが個別に開発/維持することは、技術革新の速度や人的資源の観点から見ても持続可能性に乏しい。

 こう考えると、VWグループがBEVおよびPHEV分野において堅調な推移を維持している背景には、グループの中核的なソフトウェア開発組織であるCARIADの存在が重要な役割を果たしていると考える。現在、CARIADには6000人を超える技術者が在籍しており、その構成は90カ国以上の国籍にわたる多国籍な人材によって支えられている。

 また、CARIADはVWグループ全体を統括する次世代の統合ソフトウェア「VW.OS 2.0」の開発を進めているようだ。ブランド数の多さ故に開発には時間を要しているが、完成すればSDV時代を支える基幹ソフトウェアとしての機能を果たすことが期待される。このような歴史的経緯を踏まえると、現在のSDV戦略の基盤は、前CEOディース氏の先見性のある構想により形成され、現CEOブルーメ氏の実行力によって推進されているように思える。

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