EVの常識を変えるか? 出光が挑む「柔らかい」全固体電池材料の強み:EV向け高機能材料インタビュー(1/3 ページ)
「充電が遅い」「走行距離が短い」「火災リスクがゼロではない」など、電気自動車(EV)の課題を一挙に解決すると期待される次世代バッテリー「全固体電池」。その実用化を阻む壁を、出光興産が開発した「柔らかい」固体電解質が打ち破ろうとしている。
電気自動車(EV)の製造では、走行距離の延長や安全性と性能の向上を目的に、軽量化を図れる材料、バッテリーやモーター、パワー半導体の熱マネジメントを行う高熱伝導性材料、パワーユニットの高性能化を後押しする次世代半導体材料、バッテリー材料などの高機能材料が求められている。
こういった状況を踏まえて、本インタビュー連載ではさまざまなメーカーが注力するEV向け高機能材料の取り組みを紹介する。第1回で取り上げるのは、出光興産がEV向け全固体電池の材料として、量産化に向けた取り組みを進める硫化リチウムと硫化物系固体電解質だ。
同社は現在、千葉事業所(千葉県市原市)の敷地内で、2027年6月の完成に向け硫化リチウムの大型製造装置「Li2S 大型装置」の建設を進めている他、同県内の2つの小型実証設備で、硫化リチウムを中間原料に用いた硫化物系固体電解質の量産技術開発やサンプルの生産を行っている。
同社 先進マテリアルカンパニー リチウム電池材料部 次長 工学博士の草場敏彰氏に、硫化リチウムの製造設備や硫化物系固体電解質のプラント建設の背景、硫化リチウムと硫化物系固体電解質の特徴、開発/製造の課題、各課題の解決策、今後の展開について聞いた。
辰巳砂教授の発見が硫化物系固体電解質の開発を加速
MONOist 出光興産で硫化リチウムや硫化物系固体電解質の開発を始めた背景について教えてください。
草場敏彰氏(以下、草場氏) 中国を中心に国外でEVが普及しつつある中で、利用されている既存の液系リチウムイオン電池は、充電時間の長さ、走行距離、安全性で課題を抱えている。これらの課題を解決する次世代のソリューションとして、全固体電池への期待が高まっている。
一方、出光興産は、多角化経営の一環として、長年にわたり製油所で副産物として発生する硫黄の有効活用を研究してきた。1990年代には、石油化学製品の原料として利用するため、硫化リチウムの工業的生産技術を確立した。
2000年代に入り、共同研究のパートナーである大阪府立大学(現:大阪公立大学)工学部 教授の辰巳砂昌弘氏が、硫化リチウムにリン化合物を添加することで高いイオン伝導度を持つ硫化物系固体電解質が作れることを発見した。これをきっかけに、出光興産は、長年培ってきた硫化リチウムの製造技術を、全固体電池の主要材料である硫化物系固体電解質へと応用する研究を開始した。
このように2000年代から硫化物系固体電解質の製造技術の研究開発を積み重ねてきたわけだが、その技術の進歩に足元のEV市場の成長という社会的な状況が重なったことで、硫化リチウムの製造設備および硫化物系固体電解質のパイロットプラントの建設に踏み切った。これは、材料メーカーとして、自動車メーカーが求める全固体電池の材料を安定供給する体制構築の一歩だ。なお、Li2S 大型装置で製造した硫化リチウムを用いてパイロットプラントで生産した硫化物系固体電解質は、トヨタ自動車(以下、トヨタ)に納品され、EV向け全固体電池の材料として使用される。
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