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曲がり角を迎える欧州半導体法、CHIPS Act 2.0提言で軌道修正は可能かポスト政策主導時代を迎える半導体市場(2)(1/3 ページ)

半導体に関する各国の政策や技術開発の動向、そしてそれぞれに絡み合う用途市場の動きを分析しながら、「ポスト政策主導時代」の半導体業界の姿を提示する本連載。第2回は、第1回で取り上げた米国とともに世界の半導体産業をけん引している欧州の施策を紹介する。

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 本連載では、半導体に関する直近の各国の政策や技術開発の動向、そしてそれぞれに絡み合う用途市場の動きを分析しながら、「ポスト政策主導時代」の半導体業界の姿を提示する。連載第1回はトランプ政権への移行によってポスト政策主導時代の震源地となっている米国の動向を取り上げたが、今回の第2回は米国とともに世界の半導体産業をけん引している欧州の施策を紹介する。

⇒連載「ポスト政策主導時代を迎える半導体市場」バックナンバー

1.欧州半導体法の目標と成果

 「欧州半導体法(European Chips Act)」は、米国の「CHIPS科学法(CHIPS and Science Act)」の施行を受け、欧州としての半導体産業の保護/育成に向け2023年9月に施行された。2030年までに欧州の半導体製造シェアを20%まで引き上げることが目標とされ、官民合わせて430億ユーロ(約7兆3500億円)の資金を支出する計画だ。米国CHIPS科学法同様に製造誘致を主目的とした政策といえる(表1)。

欧州半導体法の概要
正式名称 Regulation (EU) 2023/1781 of European Parliament and the council of 13. Sep. 2023 establishing a framework of measures for strengthening Europ’s semiconductor ecosystem and amending Regulation (EU) 2021/694 (Chips Act)
(通称:“European Chips Act”)
公表/施行時期 ・欧州委員会による内容公表:2022年2月
・施行:2023年9月
目的 ・2030年までにEUの半導体市場シェアを20%に拡大(現状は10%程度)
・経済安全保障と供給網の強化
予算 430億ユーロ(官民合計、2022〜2030年)
支援対象工程 ・EU予算(Horizon Europe/Digital Europe)
・加盟国による予算(State aid)
・民間投資資金
表1 欧州半導体法の概要 出所:PwCコンサルティング資料を基に編集部作成

 施行から2年弱が過ぎた現在、その成果は決して当初の期待通りのものではない。欧州会計検査院(ECA:European Court of Auditors)による欧州半導体法の実施報告書である“The EU's strategy for microchips”※1)によれば、EUによる投資額は45億ユーロにとどまる。民間投資の総額の正確な把握は難しいが、主要がFab(Fabrication Facility:製造工場)への投資状況などから、現状決定済みの投資額は430億ユーロの内の3割以下にとどまると推察される。

 Fab建設に要する期間が2〜3年程度であることを考慮すると、2030年までに製造シェア20%の目標を達成するには、現時点で相当大規模な製造投資が決定されていなければならない。現状の進捗では当初計画を達成し得ないことは容易に想像がつく。

2.現状の欧州半導体法を最も厳しく批判しているのは誰か

 こうした状況を踏まえ、欧州域内各所から現行の欧州半導体政策/欧州半導体法への批判的意見が提議されている。その中でも最も厳しい批判を表明しているのが当事者の半導体業界である。欧州の半導体業界団体であるSEMI(Semiconductor Equipment and Materials International) EuropeやESIA(European Semiconductor Industry Association)による欧州半導体法への批判のポイントは以下の4点にまとめられる。

  1. EUの資金不足:EU予算からの拠出が乏しく、各国の補助金に依存
  2. 煩雑な承認プロセス:EUと各国政府の分担という構造も相まって煩雑な承認プロセスが存在。投資決定/実行までの期間が長い
  3. EUによるガバナンス不足:EUの指導力が弱く、予算承認だけでなく投資決定後のモニタリングなどについても課題がある
  4. 製造支援への偏り:パイロットライン支援も含め、サプライチェーン上の製造工程に投資が偏っている

 欧州半導体法は430億ユーロの多額の投資を掲げたものの、これはEUと各国政府の分担に基づいており、各国政府の政策資金に大部分を依存している。それにもかかわらず、政策資金の決定にはEUの承認が必要とされ、この二重承認構造が投資資金申請から決定/実行までに長期間を要する原因の一つとなっている。加えて、各国側の承認においてはそれぞれの国ごとのガバナンスが優先され、EUとしての統一的なガバナンスが働いていない点も強く批判されている。

 一方で、欧州半導体法は先端半導体も含めた欧州のシェア奪還を目的に掲げているものの、実際の支援内容は製造支援に偏っている点も批判のポイントとなっている。ここで言う製造支援とは、具体的にはFab建設を意味する。もともと、欧州半導体法はコロナ禍の半導体不足による欧州産業全体のリスク、米中対立に端を発するサプライチェーン安全保障に対するリスクを受けて立ち上がったはずであり、本来はFab建設にとどまらずサプライチェーン全体が包括的に支援されるべきであった。しかし、実際には一部の半導体製造事業者を対象としたFab建設助成の色合いが強くなっている。

 これらの要因により欧州半導体法は十分な成果を出せていない状況だ。SEMI EuropeやESIAは、欧州の半導体産業、さらには産業全体の発展に向け新たな政策が必要との見解を示している※2)

 こうした欧州半導体法への批判は半導体産業からにとどまるものではない。ECAは前出の2025年4月の報告書において、欧州半導体法による投資状況が目標から乖離(かいり)している点を指摘し、2030年までに半導体市場シェア20%達成の見込みは低いとの評価を下している。さらに、米国のトランプ政権による半導体輸入への関税の可能性など、欧州半導体産業を取り巻く環境が厳しさを増している点を指摘し、こうした環境変化も踏まえ、金融機能や投資実行力の強化を提言している※3)

※2)Reutersの2024年12月2日付記事“Computer chip group SEMI says EU needs assertive industrial policy”を参照

※3)※1)の欧州委員会SPECIAL REPORT No.12/2025およびThe guardian webの2025年4月28日付記事“EU microchip strategy'deeply disconnected from reality', says official auditors”を参照

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