にわかに盛り上がってきた「ロケット発射&回収船」って何?:イマドキのフナデジ!(5)(2/4 ページ)
「船」や「港湾施設」を主役として、それらに採用されているデジタル技術にも焦点を当てて展開する本連載。第5回は、日本郵船と商船三井が相次いで記者説明会を開いた「ロケット発射&回収船」と、その実現に求められる技術的条件に迫る。
稼ぐためにはマルチの才能が必要なので
以上のことから、JAXAの構想において再使用ロケットの実現に不可欠な回収船には、単なる輸送手段を超えた複雑な機能が求められる。JAXAはこの課題に対し、海象条件の厳しい日本近海での運用を想定しつつ、採算性を確保するための多目的船としての構想を進めている。
その多目的船としての基本要求機能と、それに応じた設計的特徴には以下の項目が挙がっている。
第1に求められるのは、ロケットが着船する「回収海域」までの安全かつ安定した航行能力だ。そのため通常の商船型をベースとし、耐航性を重視した大型船体を採用する。推進器には全旋回型スラスターを採用し、加えてバウスラスターと組み合わせることで、回収時に必要な定点保持を実現する。
次に、ロケットと通信を行うためのアンテナや通信装置が船上に設置される。これにより、ロケット着船中の誘導支援や着船後の状況把握が可能となる。また、ロケットの着船を受け入れるプラットフォームとして、船尾には50×50m規模の回収用デッキを配置する。このデッキは11.5×50mのユニットを両舷に設置して構成され、通常時は岸壁に保管し、必要時に搭載可能な着脱式とすることで航行時の支障を回避する。
ロケットが着船した後には、専用の固定装置で船体に安定させ、タンク内の推薬や酸化剤を抜き取る安全化処置を行う。これら一連の作業は、危険物を伴うため無人化された遠隔操作で進められ、近くを航行するサポート船から安全管理が行われることは先述した通りだ。船体にはそのためのスペースと装置を事前に組み込んでおく必要がある。
乗員と作業員のための居住区は船首側に配置しており、視界確保や安全性、作業効率に配慮した船内配置とする。居住区には車両用タラップや駐車スペースも設けて、陸上との機材搬入出の効率化を図る。
さらに日本近海特有の波浪環境に対応するため、居住区の上部には減揺装置を搭載し、側面を傾斜構造にして横風の風圧も緩和する。また、回収デッキ下部には風抜け用の空間を設け、船体への揺れの波及を抑える工夫も必要だろう。
こうした基本構成に加え、JAXAは船の採算性を確保するため、多目的利用を前提とした構想を提示している。再使用ロケットの回収という特殊任務を軸に、民間業務や災害時支援などへの汎用性も備えた船体設計は、限られた打ち上げ機会の中で高額な船舶を活用する現実解であり、船舶と宇宙の融合領域における実装モデルの一例といえる。
JAXAは現在、これらの要件を踏まえた複数案のトレードオフを進めており、今後は船級認証や構造安全性評価などを経て、現実的な実現性の検証が進められていく予定だ。
加えて、再使用ロケットの洋上回収を成立させるためには、技術面の実現性だけでなく、法的整合性の確保が極めて重要となる。JAXAは日本海事協会(ClassNK)と連携し、ロケット回収船の船級認証に向けた制度的課題の洗い出しと対応策の検討を進めている。
最大の法的障壁となるのは、ロケットの回収作業が「無人」で行われることに起因する運航形態だ。現在、船舶の完全無人運航に関する国際的ルールは整備途上にあり、日本国内でも法令上の明確な定義や運用枠組みが存在しない。洋上での定点保持や着船支援などを完全自動で行う場合、それが既存の「無人運航船」として分類されるのか、あるいは遠隔操縦船と見なされるのかの整理が必要であり、国土交通省との綿密な協議が不可欠な状況にある。
さらに、ロケット回収という特殊なミッションに伴い、燃料や酸化剤、推進薬といった高圧可燃性物質を積載する構造が必要となる。これらは危険物として船舶安全法や国際海上危険物規則などの制約を受ける可能性がある。特に、回収直後の第1段ロケットには、可燃性ガスの残留や高熱衝撃の影響が残るため、船体の圧力容器や搭載設備との相互影響、隔壁設計、耐熱/防爆対策など、多方面にわたるリスク評価と対応設計が求められる。
また、回収船にはJAXAやメーカー職員が乗船し作業に当たることが想定されるため、乗員の訓練マニュアル整備も不可欠となる。JAMSTEC(海洋研究開発機構)など他機関の先行事例を参考に、法定安全教育や緊急時対応手順を含む訓練体系を確立する必要がある。
加えて、回収船が一般商船や特殊作業船の機能を兼ねる場合、その運用形態によっても適用される規則は異なる。病院船のように船上で医療行為を行う場合は、旅客船に近い等級が求められ、建造と設備コストが大幅に増加する懸念がある。そのため、医療コンテナを搭載/陸揚げして地上で運用する形態も現実的選択肢として検討されている。
最終的には、ロケットと回収船を分離せず、システム全体として一体的に設計評価することが求められる。JAXA内部の射場安全部門とも連携し、ロケット転倒や爆発といったハザード評価も含めた法的/安全的検討を今後の設計に反映させる必要がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.