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PLMこそ日本の製造業に必要な理由――プロセスをコントロールしろ!ものづくり太郎のPLM講座(1)(2/3 ページ)

「すり合わせ」や「現場力」が強いとされる日本の製造業だが、設計と製造、調達などが分断されており、人手による多大なすり合わせ作業が発生している。本連載では、ものづくりYouTuberで製造業に深い知見を持つブーステック 永井夏男(ものづくり太郎)氏が、この分断を解決するPLMの必要性や導入方法について紹介する。初回となる今回はPLMの必要性について解説する。

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ラインごとの原価情報や利益をリアルタイムで把握できない

 少し具体的に話そう。例えば、自動車業界のTier1サプライヤー企業をイメージしてみよう。Tier1企業では、売上高2000億〜数兆円規模で、保有する製造ラインの数は、全世界で300〜5000ラインにも上る。経営者であれば、各ラインで製造しているワークの原価や売上高など、把握しなければならない項目は多岐にわたる。「ワークの製造方法が適切であったのか」「QC(品質管理)はどのレベルだったのか」など、現場のプロセスの情報を知りたいはずだ。

 しかし、日本の多くの企業は、ラインごとの情報を経営情報に引き付けた形でほとんど持つことができていない。つまり「どのラインがもうかっているのか」「どのラインの生産効率が良いのか」「どのラインで製造された製品の品質が良かったのか」などの情報を持ち合わせていないケースがほとんどだ。決算期になって初めて全体の原価や利益が分かる程度である。にもかかわらず、経営の意思決定をしなければならない。

 そもそもどのラインで製造されたモデルがもうかっているかは製造しないと分からず、製造しても詳細の把握ができていない。例えば、一般的にOEM(自動車メーカー)へモジュールを供給するためには見積もりの作成が必要だが、過去に製造したモジュールのプロセス情報や過去トラ(過去トラブル)などが不明確(データとして残っていない、コントロールできていない)ため、仕様要件にあった見積もりを作成することでさえ、一から作り上げるケースが多い。例えば、日本企業の中には見積もりの算出に約半年もかかっている場合もあると聞く。令和の時代に見積もり算出に6カ月もかかる状態で、果たして今後グローバル競争で戦っていけるのだろうか。

なぜ日本の製造業ではPLMが普及していないのか

 ではなぜ、原価を集約させる機能やプロセスをコントロールする術を持っていないのだろうか。理由は「2次元図面」にある。日本の製造現場ではコントロールの中心が2次元図面となっており、それが多用されている。トヨタグループでさえ、現場に行けば2次元図面が貼り出されており、2次元図面で現場のコントロールをしている。Tier1企業を訪問すれば、ご丁寧にトヨタ専用見学ラインなるものが用意されており、全ての工程ごとに紙図面(2次元図面)が張り出されている。

 決して勘違いしていただきたくないのは、2次元図面が悪いと言いたいのではない。重要なのは、2次元図面のみで現場をコントロールするとプロセスの情報が上流とひも付かないということだ。

 もう少し細かく説明する。現在さまざまな設計は3D CADで行われており、最初はさまざまな設計データは3次元で作られている。では、現場での2次元図面はどのように生成されるかというと、3次元図面(3D CADモデル)から、2次元図面を人力で転写して生成しているのだ。例えば、あるメガサプライヤーでは、本社に150人以上のパートタイム人材を出社させ、3次元図面からタイピング(人力)で2次元図面をわざわざ作成している。

 スマホ世代の若者がこの現状を聞くと全く非効率極まりないと考えるだろう。なぜここまでして2次元図面が必要なのだろうか。

 それは2次元図面が現場の「コミュニケーションツール」だからである。例えば、ネジを製作するにしても、材料を投入する工程から、複数の加工を経て最後にバリ取りする工程までの情報を2次元図面に記載する。加工対象物の位置決め方法や、必要な人工(にんく)の情報、NCパス、装置の情報などさまざまな現場(プロセス)情報を2次元図面に集約して現場をコントロールしていく。仕様変更があれば注記を行うなどディビジョンの管理をし、2次元図面を都度改定しているのだ。この様に2次元図面は現場でなくてはならないものであり、2次元図面ですり合わせ(プロセスのコントロール)を行っている。

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2次元図面によるすり合わせ力が強みとなっている (※)写真はイメージです

 要するに2次元図面によるすり合わせ力(プロセスのコントロール力)で日本はJapan as No.1と呼ばれるように世界を制覇したのだ。当時はデジタルツールなどがない中で紙ベースのオペレーションで高品質な製品を高効率に作り出すためには、こうしたやり方が非常に優れていた。

 一方で、Japan as No.1と呼ばれてから久しく、2次元図面のみで現場を運用する方法には限界が来ている。問題点として大きなものが、開発設計者と製造現場の断絶を引き起こしていることだ。3次元図面(3D CAD)を生成する際に出力される部品表(BOM: Bill of Materials)に現場(プロセス)情報がひも付かない。そのため、BOM(必要なモジュールや部品などを一覧表にしたもの)を中心として原価の情報や現場のコストの情報などひも付ける仕組みがなく、データとしても保管される仕組みが無いため、設計者や開発者、調達担当者にプロセス情報が伝わらない。

 そのため実際に製造を行った結果、「原価やQCの情報、製造方法が正しかったのか」それとも「製造が難しく、品質を安定させるために多くの工数が必要だったのか」「改善によってスループットを最適化でき、原価がどの程度下がったのか」などの情報が全く活用されないままになっている。つまり、蓋を開けるとそうなっていたという事後の情報しかなく「決算時になんとなくもうかっている」という情報しか残らないわけだ。

 現場での努力が設計者や調達担当者に伝わらないと言い換えてもいいかもしれない。OEM(自動車メーカー)が定期的に価格低減圧力を行使するのは、つまるところモジュールや部品ごとのもうけなどが分かっていない証拠だともいえる。モジュールごとにもうけや製造の難易度が判断できれば、その都度交渉できるが、OEMから仕事を受けるサプライヤーはプロセス情報を管理できていないため、毎年曖昧(あいまい)な値引き交渉を強いられているのである。

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