理念浸透でどんな状況でも判断を誤らない組織へ:品質不正を防ぐ組織風土改革(5)(2/2 ページ)
繰り返される製造業の品質不正問題。解決の鍵は個人ではなく、「組織風土」の見直しにあります。本連載では品質不正を防ぐために、組織風土を変革することの重要性と具体的な施策をお伝えしていきます。
理念浸透サイクルを回す3つのポイント
理念浸透サイクルを効果的に回していくためには、次の3つのポイントを意識することが重要です。
(1)「単発」ではなく「同時多発」で施策を設計する
連載第4回でも登場しましたが、当社では社内のコミュニケーションチャネルを「個別⇔全体」「日常⇔非日常」という観点で、大きく4つに分類しています(図3)。
この4つのコミュニケーションチャネルをバランス良く活用し、「単発」ではなく「同時多発」で施策を展開していきましょう。人事制度や採用活動、育成施策も重要なコミュニケーションチャネルの一つです。あらゆる機会を活用し、理念を意識する機会を増やすことで、理念浸透のスピードは加速していきます。
(2)判断が難しい場面でこそ基準を明確にする
理念に照らして最善の判断/行動だったのかをすり合わせる中で、判断基準や望ましい行動における共通認識が生まれていきます。このときに大切な点が、正解を導き出すのが難しい場面でこそ、「何を優先すべきか」という明確な判断基準を設けることです。売上を取るか、顧客満足を取るか、従業員のモチベーションを取るか……。業務を進める上では、これら全てを同時に満たすことが難しい場面が必ず訪れます。だからこそ、できるだけ明確に基準を定めておくことが重要です。
例えば、当社のある部署では「法令順守 ≧ 健康管理 ≧ 家族関係 ≧ 組織人事 ≧ 顧客満足 ≧ 業績向上」という優先順位(判断基準)を設定しています。ポイントは「>」でなく、「≧」を用いている点です。全てを同時に実現することを目指しながら、やむを得ない場合は、優先順位の高いものを選ぶという考え方を示しています。
(3)表層の行動ではなく、深層にある考え方をすり合わせる
理念浸透サイクルを回す際は、表層の行動の良しあしだけでなく、その行動に至った背景や考え方に目を向けることが重要です。
例えば、「常においしいラーメンを提供する」という理念を掲げているラーメン店のケースで考えてみましょう。ある日、店員のAさんが、出来上がったラーメンをすぐに提供せず、しばらく放置していました。理由を尋ねると、「次々に注文が入ったので、注文のお客さまを待たせてはいけないと対応に追われていました」と言います。しかし、しばらく放置されたラーメンは本来のおいしさを失ってしまいます。理念に照らして考えると、Aさんの判断は誤りだったことが分かります。Aさんは、注文のお客さまに「少々お待ちください」と伝えた上で、先に出来立てのラーメンを提供するべきでした。
このように、表層の行動ではなく、「なぜその判断/行動をしたのか?」という深層にある理由や考え方にフォーカスしてすり合わせをすることで、徐々に理念に基づいた行動を身に付けることができます。
今回のまとめ
理念を理解しているだけでは意味がなく、現場で実践できている状態になってはじめて、品質不正の防止につながります。理念の実践とは、正解が見えない状況でも、理念に立ち返って適切な判断ができる状態であることです。ぜひ、本記事で紹介した理念浸透サイクルを回し続けることで、品質不正が起きにくい組織づくりを目指してもらいたいと思います。
次回は、品質不正を防ぐ組織づくりの事例を紹介します。
リンクソシュール
取締役
松田佳子
2009年、新卒でリンクアンドモチベーション入社。採用や育成、組織風土のコンサルティングに従事した後、従業員エンゲージメント向上サービス「モチベーションクラウド」の立ち上げに参画。以降は組織風土改革に特化した事業部の責任者を務める。2024年、リンクイベントプロデュース 代表取締役社長に就任。2025年、リンクコーポレイトコミュニケーションズとの経営統合により現職。戦略設計から社内コミュニケーション施策の企画/制作まで、総合的なサービスを展開。顧客の組織風土変革やビジョン実現を支援している。
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「誰がどう見ても正しいモノづくりであることを証明する」ということが重要になってきます。