設備保全DXの“タイムリミット”が迫る 今こそ業務デジタル化推進を:設備保全DXの現状と課題(1)(2/2 ページ)
担当者の高齢化が進む設備保全業務。にもかかわらず、製造業全体で見るとこの分野でのデジタル化は順調に進んでいるとは言い難い側面があります。本連載では設備保全業務のデジタル化が生む効用と、現場で直面しがちな課題などを基礎から分かりやすく解説していきます。
設備保全業務デジタル化のメリット
労働人口が減少を続けていくこの状況を打破するためには、設備保全に関する情報のデジタル化は避けて通ることができません。Excelでの管理もデジタル化であると言えますが、もう一歩踏み込み、専用システムで保全記録を一元集約することに主眼を置いて、紙やExcel入力との差異や、メリットとデメリットを整理していきます。
メリット(1)設備保全業務の効率化
目的を定めてデジタルツールを活用することで、点検記録や作業報告などの事務作業を大幅に削減できます。例えば、現場でタブレット端末を使って点検記録を直接入力することで、紙の記録や二重入力の手間をなくせます。
現場の点検作業を紙で記録している場合、複数の設備をまわり、やっと机に戻ってきてから入力をすると、細かい情報を忘れてしまったり転記ミスをしてしまったりという事態が生じ得ます。現場で直接入力すること、さらにはタブレットやスマートフォンに搭載されているカメラ機能を使えば、文章だけでなく写真を添付してより高い情報密度の記録を残せます。
メリット(2)データの一元管理と共有
設備に関するあらゆるデータをサーバ上で一元管理することで、必要な情報を必要な時にすぐに取り出すことができます。データは即時共有されますので、部門間の連携がスムーズになり、情報伝達のミスを減らすことができます。
メリット(3)データ分析による予兆保全
データの登録に付随する「時間」の情報を最大限に活用することで、より価値の高い設備保全の成果を創出できます。特に、過去の点検記録やセンサーデータを分析することで、設備の故障を事前に予測し、計画的なメンテナンスを実施することも可能です。これにより、突発的な故障による生産停止を回避し、設備の稼働率を向上させられます。
メリット(4)技術伝承の促進
熟練者の知識や技術をデジタル化し、形式知として共有することで、技術伝承をスムーズに進められます。作業手順を動画や画像で記録すれば、経験の浅い担当者でも容易に作業内容を理解できます。また、記録した動画や画像を熟練者と担当者が見直すことで、単なる座学や引継ぎ作業では得る機会が限定的な、「現場の実践ノウハウ」を引き出すことも可能です。
メリット(5)経営判断の高度化
設備保全に関するデータを経営指標として活用することで、より的確な経営判断を行えます。例えば、設備のメンテナンスコストや故障頻度などのデータを分析することで、設備の更新時期や投資計画を最適化できます。
設備保全業務デジタル化のデメリット
デメリットや懸念点についても整理します。
デメリット(1)導入コスト
新しいシステムやツールを導入するには、初期コストやランニングコストがかかります。特に中小企業にとっては、費用対効果を慎重に検討する必要があります。導入する前から、現場など社内からしっかりとした費用対効果を求められるケースもあり、悩ましい点の1つです。
デメリット(2)現場の抵抗
デジタルツールに慣れていない現場の担当者は、新しいシステム導入に抵抗感を示すことがあります。ただでさえ忙しさが増している現場に新しいツールを押し込むことになれば、タイミングの見極め、導入前の丁寧な説明や段階的な導入などの、現場への浸透のための根回しにも力量が問われることになります。
デメリット(3)システム定着化の難しさ
システムを導入しても、現場でうまく活用されなければ、期待した効果が得られないことがあります。例えば、突発停止時間の短縮を目指してシステム導入したのであれば、停止時間の短縮を実現するための点検修理手順フローのシステム化、修理記録や部品の検索性の担保(探せるキーワードで記録しており、すぐに見付けられること)などを考慮する必要があり、システムの使いやすさや現場のニーズに合っているかなどを踏まえて、システムを使いこなしていく必要があります。
デメリット(4)初期データ入力の負荷
デジタル化によってデータ入力が必須となる場合、現場担当者の業務負荷が増加する可能性があります。これまで管理してきた設備の記録や部品台帳の情報などをあらためてデジタルデータに入力し、紙やExcelで行ってきた業務に近いことを実践できなければ、二重管理の手間が発生し、現場の負担が増えてしまう恐れもあります。
これらのデメリットを克服するためには、経営側と現場ニーズの両方に合ったシステムを選択し、導入前の丁寧な説明やトレーニングを通じて、現場の理解と協力を得ながら推進することが重要です。システムが経営判断に用いるデータ集約化のためにのみ使われるようなことがあれば、現場負担はただただ増すだけです。しっかりと業務IT化による負担軽減を目指していたのであれば、費用対効果を得ることは難しくなります。
設備投資と老朽化対策:家電製品リサイクル事業A社の取り組み事例
実際に設備保全改革に取り組む製造業の事例を紹介しましょう。
家電リサイクル事業を推進するA社は、累計1900万台以上の家電製品をリサイクル処理しており、循環型社会の実現に向けた事業活動を進めています。このリサイクル事業で使用する設備は大小合わせて約700台あり、そのうち10年以上使用されている設備は約半数を占めています。
設備投資の判断軸
同社では、設備投資の際に「新しい設備の導入」と「既存設備の修理」のどちらに予算を振り分けるかを、投資対効果を基準に判断しています。効率性やメンテナンス費用、ランニングコスト、新たな価値を創出する付加機能などを総合的に評価して、コスト削減と生産性向上の両立を実現しています。
直近では、メンテナンスコストの削減幅が大きい設備の導入から、特に大きな削減インパクトを得られたとのことでした。同社はメンテナンス作業や修理の記録を蓄積しており、それに基づいて過去のデータと比較することで、投資効果を算出しています。
数字が命
この取り組みの重要なポイントは、過去の記録を蓄積することでした。単位期間当たりの改善前後の数値を比較することで、設備保全活動の継続的な改善を可能にします。
データは故障実績から蓄積を
課題を抽出するには、現状分析が欠かせません。蓄積されたデータが多く、かつ精度が高ければ、現状分析の精度も向上し、より効果的な課題抽出と改善が可能になります。特に故障実績は、改善活動を始める上で非常に重要な情報です。適切に活用することで故障を未然に防ぐ具体的な改善が行えますから、多くのステークホルダーにとって価値ある情報源だといえます。
次回の記事では、技術伝承のためのデジタル化のアプローチについて解説します。
八千代ソリューションズ
MENTENA事業責任者
山口修平
クラウド設備管理システムMENTENAの事業責任者。
大手建設コンサルティング会社にて、国土交通省が管理する社会インフラ事業のシステムエンジニアとして、河川など国土基盤のメンテナンスを支援するシステムのコンサルティングに従事。2019年に新規事業創出の部門にて、「MENTENA」の立ち上げに参画。2024年に事業承継により八千代ソリューションズを設立、人材不足・技術伝承・設備の老朽化などの社会課題に対してサービスを展開中。
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