国産シルクの“最後の砦” 1300年続く生糸づくりを支える製糸技術と機械:ワクワクを原動力に! ものづくりなヒト探訪記(20)(3/3 ページ)
本連載では、新しい領域にチャレンジする中小製造業の“いま”を紹介していきます。第20回では器械製糸工場の碓氷製糸で、常務取締役の土屋真志氏に話を聞きました。
富岡製糸場の繰糸機をもう一度動かすために
土屋さん 今、富岡製糸場の再稼働を検討しているプロジェクトもあるんですよ。
――富岡製糸場の機械を動かせるんですか?
土屋さん うちの今村工場長は動かせると言っています。うちにある機械と同型の機械ですしね。世界遺産になった富岡製糸場の繰糸機が動いたら、見応えあるんじゃないですか!
今、群馬県と富岡市を交えて話し合いながら検討している最中です。ただ、国の史跡、重要文化財でもあるので、難しい課題はたくさんあります。再稼働にはものすごい手間もかかるし専門知識も必要なので、5年、10年かかるかもしれない。でも、何とかね、養蚕農家と製糸技術者を世界遺産とセットにして未来に残したいと思っています。
細く長く輝く生糸のように! 蚕糸業を未来へつなぎたい
――日本の製糸業は今後残っていくでしょうか。
土屋さん そもそも日本には1300年を超えるシルクの歴史があって、特に、明治以降150年間は、この日本の近代化を支えてきました。シルクカントリーともいえる日本から、養蚕、製糸がなくなるということを、日本国として甘んじて受け入れるべきことなのかと、私は疑問に思うんです。
約7割の製糸を作っている碓氷製糸がなくなったら、実質的に日本の蚕糸業は終わるんですよ。私が碓氷製糸に来たのも、群馬の多くの農協や商工会の関係者、多くの方々が、「碓氷製糸はつぶしちゃしょうがねえな、蚕がなくなっちゃしょうがねえな」と言ってくれますし、「繭と生糸は日本一」と上毛かるた(群馬の郷土かるた)にも詠まれていますから。
この間、上毛新聞社(群馬県の地方新聞)の内山会長が取材に来て「上毛かるたには日本で最初の富岡製糸とある。最後の蚕糸業を守るのは碓氷製糸だ」と、「日本で最初の富岡製糸、日本で最後の碓氷製糸。最後の砦だ」と記事に書いてくれました。ありがたい話です。
富岡製糸場とともに碓氷製糸や養蚕農家は、日本の未来にあるべきだと思うし、日本人のみなさんも「そうだよな」と言ってくれるのを期待しています。日本の蚕糸業を生糸のごとく、細くてもいいから、何とか未来につなげていきたいと思っています。
あとがき
「いずれにしても繭がなくなったら終わり」という土屋さんの言葉が印象的でした。製糸業は、碓氷製糸の努力だけでは成り立たない産業であり、国産繭にこだわる以上、日本の養蚕農家に繭を作り続けてもらう必要があるんですね。
せっかくなので、午後、富岡製糸場にも足を運び見学してきました。西繭倉庫が完成していて、以前より見応えが増していましたが、碓氷製糸で実際に動いている自動繰糸機を見てきたばかりだったので、ビニールをかぶった繰糸場には、正直、物足りなさを感じました。これが動いたら感動すること間違いなしですね。いつかその日がやってくることを楽しみにしています。(ものづくり新聞 小柴寿美子)
著者紹介
ものづくり新聞
Webサイト:https://makingthingsnews.com/
note:https://note.com/monojirei
「あらゆる人がものづくりを通して好奇心と喜びでワクワクし続ける社会の実現」をビジョンに活動するウェブメディアです。
2025年現在、180本以上のインタビュー記事を公開。伝統工芸、地場産業の取り組み、町工場の製品開発ストーリー、産業観光イベント、ものづくりと日本の歴史コラムといった独自の切り口で、ものづくりに関わる人と取り組みを発信しています。
編集長
伊藤宗寿
製造業向けコンサルティング(DX改革、IT化、PLM/PDM導入支援、経営支援)のかたわら、日本と世界の製造業を盛り上げるためにものづくり新聞を立ち上げた。クラフトビール好き。
記者
中野涼奈
新卒で金型メーカーに入社し、金属部品の磨き工程と測定工程を担当。2020年からものづくり新聞記者として活動。
佐藤日向子
スウェーデンの大学で学士課程を修了。輸入貿易会社、ブランディングコンサルティング会社、日本菓子販売の米国ベンチャーなどを経て、2023年からものづくり新聞にジョイン。
木戸一幸
フリーライターとして25年活動。150冊以上の書籍に携わる。2022年よりものづくり新聞の記事校正を担当。専門分野はゲームであるが、かつては劇団の脚本を担当するなど、ジャンルにとらわれない書き手を目指している。
小柴寿美子
ナレーター。企業PV・Web-CMなど2000本以上。元NHKキャスター・リポーターとして番組制作をしていた経験を活かし、2024年9月からものづくり新聞へ参入。粘り強い取材力が強み。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ≫連載「ワクワクを原動力に! ものづくりなヒト探訪記」バックナンバー
- ≫連載「未来につなぐ中小製造業の在り方」バックナンバー
香炉が植物鉢に変身 「わびさびポット」が作る仏具の新しい“癒やし”
本連載では、新しい領域にチャレンジする中小製造業の“いま”を紹介していきます。第18回では香炉を植物の鉢に見立てた商品「わびさびポット」などを展開するハシモト清の橋本卓尚氏に話を聞きました。現場見学で見せる町工場の底力、静岡初オープンファクトリーへの思い
工場などを一般開放し、モノづくりの魅力を発信するオープンファクトリー。今回は、静岡初のオープンファクトリーイベントとなる「ファクハク 静岡工場博覧会」の実行委員会の皆さんに、地方工場が抱える課題や思いを聞きました。「地域の人の誇りに」大田区の町工場から始まる町づくり
町工場を観光資源として考える理由やオープンファクトリーを開催するまでの経緯、関連する取り組みや将来像などを関係者に聞いた。地元の技術を集結「完全地産」のお土産――製造業ご当地お土産プロジェクト(長野県)
「次世代の地域創生」をテーマに、自治体の取り組みや産学連携事例などを紹介する連載の第27回。長野県伊那市の製造業者が連携して、完全地産に取り組んでいる「製造業ご当地お土産プロジェクト」を取り上げる。純金純銀のジュエリーを1つずつ手作り、大量生産が難しい素材をあえて使う理由
本連載では、厳しい環境が続く中で伝統を受け継ぎつつ、新しい領域にチャレンジする中小製造業の“いま”を紹介していきます。今回はジュエリーブランド「four seven nine」を取り上げます。「床が灰皿」だった昔ながらの金型屋が、キッチリ整理の工場に変わった理由
本連載では、厳しい環境が続く中で伝統を受け継ぎつつ、新しい領域にチャレンジする中小製造業の“いま”を紹介していきます。今回はプレス金型を製造している飯ヶ谷製作所を取材しました。