それでも挑戦は止められない 東レ発ベンチャーが見つけた「幸せな関係」の作り方:新製品開発に挑むモノづくり企業たち(7)(2/3 ページ)
本連載では、応援購入サービス(購入型クラウドファンディングサービス)「Makuake」で注目を集めるプロジェクトを取り上げ、新製品の企画から開発、販売に必要なエッセンスをお伝えする。第7回では、先端技術を搭載した服で「未来のファッション」の創造に取り組むMOONRAKERS TECHNOLOGIESの事例を紹介する。
東レからの売上目標設定は「全くなし」
――課題を明確にした上で、経営層もしっかり巻き込んでお話をされたのですね。
西田氏 本当にうれしかったのが、東レの経営層が議論にしっかり向き合ってくれたことですね。イノベーション創出がなされづらいという問題を、「制度は変えられないから、その中で何とか頑張れ」と実行者の努力や奮闘だけに任せるのではなく、ガバナンス強化が自由闊達(かったつ)さを奪い、閉塞感を生み出していることを理解し、その上で一緒に課題に向き合い問題をひもとこうとしてくれました。
経営層を巻き込んだことで、今回の実験的なスピンアウト独立を会社で全面的にコミットし、応援するという体制を築くことができました。これはものすごく幸せな関係だと思いますし、「冒険と統治」の矛盾をどう乗り越えるかというところで、一つのいい答えが出せたかなと思っています。
――独立にあたって、東レ側から具体的な売上目標や販売枚数のような指標は設定されていたのでしょうか。
西田氏 全くありませんでした。3カ月に一度、東レの社長や副社長など経営層に進捗(しんちょく)を報告する程度です。これこそが、東レ経営層が今回のスピンオフ独立の本質を明確に理解している証左だと感じています。大企業のガバナンスを外して、圧倒的な自由を与えるのが今回の目的なのです。
3カ月に一度の進捗報告は、私たちはD2Cプロジェクトとしてユーザーのダイレクトボイスを収集し、東レの素材開発の在り方をアップデートしていくプロジェクトでもあるので、「こういった開発を進めてほしい」「このようにサポートしてほしい」という要望を相互に伝える場として設定しています。経営層も報告をとても楽しみにしてくれているようです。
数値目標に関して言えば、私は「数値予算を作らない」ことにしています。大企業などでは目標管理シートを作り、数字予算の達成を目標に掲げることが一般的です。大企業の管理としては当たり前のことですし、私も30年間それを続けてきました。
しかし、独立してからよく考えてみると、数字の達成が目標っておかしくないか、と感じたのです。例えば、当社で言うなら目標は「先端技術の素晴らしさをユーザーに知ってもらうこと」です。そして「知ってもらうことの究極が、買って使ってもらうこと」です。それが達成できれば、結果としての数字は後からついてきます。数字は目標ではなく、本質的な目標をどの程度の精度で達成できたかを示す結果にすぎません。
数字というものは非常に強力で、一度設定するとメンバーはどうしてもそこに引っ張られてしまいます。そうなると、目の前の数字に追われ、「これだけ売らなければならない」「これだけ在庫を積まなければならない」という話になりがちで、本当の目標はついつい忘れがちになってしまいます。私はメンバーに目標に集中してもらいたいと考えています。結果として、数値目標の予算化は避けるべきだと判断しました。
もちろん、私の頭の中には数字の目標はあります。そうでないと物事を計画的には進められないですからね。ただ、数字を示せと言われたら「当社は社是として予算数値は作らないことにしている」と答えるようにしています。
消費者に商品をどう「伝える」か
――MOONRAKERSは東レ初のto Cビジネスということで、ご苦労もあったのではないでしょうか。
西田氏 これまで私が手掛けた3つの新規事業の中で、今回が一番難しかったですね。おこがましいかもしれませんが、私は営業(商品の素晴らしさを伝えること)がとても得意なので過去のto Bビジネスで「売ること」に苦労したことはほとんどありませんでした。でも、to Cはto Bと異なり、相対する顧客が圧倒的に多くなります。機能性という目に見えないアピールポイントをその膨大な数の顧客に、どのように伝えるかについては、非常に苦労しました。
私たちが伝えたいのは、最新の先端技術を服に搭載することで生まれる進化と、それによって生活がどのような未来へと変わっていくかということです。これを膨大な数の消費者に伝え切り、それが本当に素晴らしいものであると証明する必要があります。
そのため、初期段階ではSNSでの発信はもちろん、新聞広告やインフルエンサーマーケティングなど、あらゆる「伝え方」を試しました。しかし、どれも全く手応えを得られませんでした。
そこで、私たちは「伝え方」を再度徹底的に考え尽くしました。そして気付いたのが、「先端技術の素晴らしさを熱量をもって語り尽くす」のが結局一番伝わるということでした。私たちの商品は従来のファッションアイテムのように、かわいい、かっこいいというのが売りではありません。ビジュアルで機能性を訴えるのはなかなか難しいことです。
その点で、Makuakeは圧倒的な効果で私たちにその本質を気付かせてくれたパートナーでした。自社ECで月に数万円の売り上げしかない時期に、Makuakeでプロジェクトを実施したところ、1000万円を超える支援が集まりました。
理由は、文脈が合っていたからです。私たちの「今までにない商品を作り、世の中を変えていく」というコンセプトを伝えるには、ビジュアルリッチであったり、文字数の制限があったりするSNSは向いていない。しかし、Makuakeのファンの皆さんはプロジェクトページに長いコンセプトがつづられていても、喜んで読んでくれる。Makuakeは、私たちのメッセージを伝えるのに非常に適したメディアだったと思いますし、今の成功はMakuakeから始まったと言っても過言ではありません。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.