EVはガソリン車より燃えにくい? リチウムイオン電池の発火リスクを考える:今こそ知りたい電池のあれこれ(26)(2/3 ページ)
注目を集めるリチウムイオン電池をはじめ「電池のあれこれ」について解説する本連載。今回は、リチウムイオン電池の発火リスクと安全性に焦点を当てて考えたいと思います。
「ガソリン車と電気自動車のどちらが安全か」は単純に判断できない
リチウムイオン電池の急速な普及と発火リスクの増大による問題は徐々に顕在化しつつあります。例えば小型電池においては、東京消防庁の報告からも分かるように火災発生件数が年々増加傾向にあり(図1)、さらに2024年は6月末時点で既に107件の発生が報告されています。
大型電池においては、電気自動車(BEV)やエネルギー貯蔵システム(ESS)が代表的な用途として挙げられます。
自動車の場合、「ガソリン車と電気自動車のどちらが安全か?」というのは、とても議論になりやすいテーマかと思います。
先述の通り、電池の大型化、すなわちエネルギー密度の増大がハザードレベルの増大リスクにつながることは事実です。ただし、現在入手可能な統計資料では、ガソリン車と電気自動車の発火リスクや安全性を比較した上で、正しく判断することはまだ困難です。
冒頭で紹介した中国の事例のように、世間には多くの一見「統計的」に意味がありそうな数字が出回っていますが、いずれも母集団の属性の偏りや、そもそもの母数の少なさに注意しなければいけません。
特に、インターネット上の公開情報の中には明確な誤りも見受けられるため、扱いにはより一層の注意が必要です。
例えば、電気自動車の発火リスクを統計的に示した資料として、米国の自動車保険比較サイト「AutoinsuranceEZ.com」が報告している自動車の種別販売台数10万台当たりの火災発生件数がしばしば引用されます(表2)。
表2 自動車の種別販売台数10万台当たりの火災発生件数[クリックで拡大] 出所:※”Gas vs. Electric Car Fires [2024 Findings]”, AutoinsuranceEZ.comを基に作成
この値を根拠に、電気自動車の統計的な安全優位性を語る意見をさまざまなメディアやSNS上では見掛けますが、この報告内容には明確な誤りがあることに注意しなければなりません。
公開されている種別販売台数10万台当たりの火災発生件数の値からは、一見するとハイブリッド車(HEV)の発火リスクが極めて高いように見えますが、算出元であるNTSB(国家運輸安全委員会)の高速道路における事故発生件数やBTS(運輸統計局)の車両種別販売台数の値と照らし合わせると数々の誤りがあり、何ら根拠のない結果になっていることが分かります。
「自動車の種別販売台数10万台当たりの火災発生件数」の実態
- 全数:2013〜2017年の累積衝突死亡事故件数(※発火件数ではない)
- 発火件数(販売台数10万台当たり):上記の全数を2018年単年の販売台数で割って10万をかけた値
- 発火件数(販売台数10万台当たり)の基になる「2018年単年の販売台数」の内訳
- ハイブリッド:HEV+PHEV
- ガソリン:不明(※ガソリン車の販売台数は未記載)
- 電気:BEV
- 発火件数(販売台数10万台当たり)の基になる「2018年単年の販売台数」の内訳
- 上記「ハイブリッド」の全数:約9割はフレックス燃料車(ガソリンエタノール混合)をカウント(※HEVは約1割を占める程度)
以前にも述べたことがありますが、取り扱い技術が成熟しており密閉性が担保されていれば発火の恐れが少ないガソリンと、単独で燃焼の3要素を満たす故に条件さえそろえば密閉状態であっても発火に至る可能性のあるリチウムイオン電池は、考慮すべき危険性が異なります。
安全とは、そういった考慮すべき危険性の違いやリスクとの兼ね合いの中で危害を引き起こす恐れをどれだけ防げているかという観点で多角的に考えるべきものです。
そのため昨今のSNSなどでありがちな、切り出した1つの側面から何かと何かを単純に比較して「どちらが安全か?」と論ずるような風潮には違和感を覚えます。
特に、インターネット上の公開情報を単純に比較して、現時点でどちらがより安全かと判断することは極めて難しく、また今後の技術発展や安全対策の向上も考慮すると、あまり目先の情報で一喜一憂すべきではないとも思います。
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