産業メタバースで変わりゆく都市づくり、進むスマートシティ構築の未来(後編):デジタルツイン×産業メタバースの衝撃(6)(5/6 ページ)
本連載では、「デジタルツイン×産業メタバースの衝撃」をタイトルとして、拙著の内容に触れながら、デジタルツインとの融合で実装が進む、産業分野におけるメタバースの構造変化を解説していく。
仮想と現実を融合した新たな都市エンターテインメント体験「AIR RACE X」
2023年10月15日には3D技術を活用した歴史的な都市スポーツ、エンターテインメントの試みも行なわれた。最高時速370kmで小型飛行機のスピードを競う「エアレース」のデジタルとリアル融合版での取り組み「AIR RACE X」だ。通常の物理的な小型飛行機のエアレースは、安全上都市部で行うことはあり得ない。しかし、3D空間を活用することによりデジタルとリアルを融合した新しい競技や、都市エンターテインメントの在り方を提示した。
パイロットは日本、オーストラリア、カナダなど世界各地から現地からそれぞれ参加する。パイロットはそれぞれの地点から、大会本部が指定する渋谷の街上空をもとにしたコースレイアウト上に配置されたトラックマーカーの範囲で小型飛行機実機を操縦し、飛行する。その飛行結果のフライトデータを集積、分析し、競技データを生成する。その上で、メタバースプラットフォームのSTYLYを通じてAR化して、実際の渋谷の空間に合わせて投影している。
実際には同じ場所にいないパイロットが遠隔地のリアル操縦データをもとに、デジタル上の渋谷空間でレースを行い、そのレースの様子が実際の渋谷にいる観客にARを通じて投影されているのだ。
当日は多くの人が渋谷のリアル空間に身を置いて、VRヘッドセットや、モバイル端末などのARアプリを通じて、渋谷上空を猛スピードで駆け抜けるエアレースを観戦した。今までスポーツやエンターテインメントは、演者や競技者、観客が同じ場所にいることが前提だった。
しかし、このAIR RACE Xの取り組みは今後場所の制約を超えて、今までありえなかったスポーツ、エンターテインメントを都市空間で実施することにより、都市の価値をより高めていく可能性を有している。今後渋谷としてAIR RACE Xの継続的な実施や、他のスポーツ、エンターテインメントへの横展開を図り、世界に対して3Dデータを活用した新たな都市エンターテインメントの提示を行っていく考えだ。なお、2024年のAIR RACEXも既に開始しており、順次レースが展開されていく予定だ。
シンガポールの国家丸ごとデジタルツイン化
ダッソー・システムズによる国家、都市のデジタルツインの事例としてシンガポールに触れたい。シンガポールでは、GISデータ(地理情報データ)やBIMなどをベースに国家全土を丸ごと3Dバーチャルツイン化し、リアルタイムで都市情報を可視化する「バーチャル・シンガポール(Virtual Singapore)」が展開されている。
これはSmart Nation政策に基づく、国立研究財団(NRF)やシンガポール首相官邸、シンガポール土地局(SLA)、シンガポール政府技術庁(GovTech)によるプロジェクトで、地形情報や建物、交通機関、水位、人間の位置などのリアルタイムデータを統合し、3Dモデル化するというものだ。
シンガポールでは市の縦割の組織構造のために重複した工事計画が乱立しており、都市計画に無駄が生まれてしまっている。これに対してデジタルツインで可視化し、各インフラを整備する計画の最適化を図っている。工事計画では、各省庁横断で建設後の人、クルマの流れの変化をシミュレーションできるほか、工事状況や交通情報をリアルタイムで共有できるため渋滞緩和策や、工事効率化のための検討が行われる。
その他デジタルツイン活用によって、効率的な発電のための太陽光発電パネルの設置場所検討など、国家全体としてのエネルギー効率最大化やインフラオペレーションのリアルタイムでのモニタリング、物流や人の移動、渋滞の解消や公共機関の最適化や改善、風の流れのコントロールによる都市の体感温度の低下といった効果が生まれている。ダッソー・システムズはフランスのレンヌ市や、京都けいはんな学研都市など国内外の都市でデジタルツインを活用した都市計画/運営を支援している。
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