レゾナックが素材で挑む月面開発、寒すぎる月の夜に電力を確保するシステムとは?:素材/化学インタビュー(1/3 ページ)
近年、イーロン・マスク氏が率いる米国のスペースXや国内のispaceなどにより月面の開発が注目を集めている。そこで、月の砂であるレゴリスを蓄熱体として利用する「レゴリス物理蓄熱エネルギーシステム」の開発を進めているレゾナックに話を聞いた。
月面は2週間ごとに昼と夜が入れ替わり、温度が昼に100℃になり夜に−170℃まで下がる。その長く寒い夜の間は太陽光発電設備でエネルギーを創出できないため、有人活動を行うのであれば、何らかの方法でエネルギーを確保する必要がある。
この“何らかの方法”として注目を集めているのが「レゴリス」だ。月面上に大量に存在する砂であるレゴリスは、月表面の岩石から宇宙風化作用によって生成された主にガラス質の微小粒子だ。これを蓄熱材として活用できれば、高温になる昼の月面で得られる熱エネルギーを蓄積して、夜の間は蓄熱材から熱エネルギーを取り出すことで、高効率かつ低コストのエネルギー源になり得る。
しかし、真空である月面では、レゴリスの粒子間に空隙があるとレゴリス全体で熱エネルギーを保持することは難しくなる。そこで、レゴリス全体として熱伝導率および比熱を大きくしたり、蓄熱したレゴリスから熱を取り出したりする「レゴリス物理蓄熱エネルギーシステム」を構築しなければならない。
このレゴリス物理蓄熱エネルギーシステムの開発を進めているのがレゾナックだ。レゾナック 計算情報科学研究センター MI基盤開発グループ プロフェッショナル 清水陽平氏と同社 計算情報科学研究センター 構造・流体グループ リサーチャーの西野崇行氏に、同社が開発を進めるレゴリス物理蓄熱エネルギーシステムの開発背景や概要、要素技術の熱シミュレーション、月面でレゴリスに樹脂をコーティングする手法、開発の進捗状況、課題、今後の展開などについて聞いた。
昼間の太陽熱を20倍以上蓄熱可能
MONOist レゴリス物理蓄熱エネルギーシステムの開発背景を聞かせてください。
清水陽平氏(以下、清水氏) レゾナックでは、従業員が手上げ制で活動するコミュニティー「REBLUC(Resonac Blue Creators)」を2022年に設立している。REBLUCで、宇宙関連材料を通して社会に貢献したいメンバーが集まり、今回のプロジェクトが始動した。宇宙領域に関わるプロジェクトは当社として初となるが、販売している材料が過去に宇宙で使われていた機器に採用された実績はある。
プロジェクト始動後に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が「太陽系フロンティア開拓による人類の生存圏・領域拡大に向けたオープンイノベーション」に関する研究提案の1つとしてレゴリス物理蓄熱エネルギーシステムを募集しており、当社が研究していたレゴリス物理蓄熱エネルギーシステムを提案し「チャレンジ型」枠で採択され、2024年4月からJAXAと共同研究を開始している。
MONOist 開発中のレゴリス物理蓄熱エネルギーシステムの概要を教えてください。
清水氏 当社が開発を進めるレゴリス物理蓄熱エネルギーシステムは、砂の表面を樹脂でコーティングする「レジンコーテッドサンド技術」を用いて、レゴリスの表面を樹脂でコーティングして熱伝導率および比熱を高める。
レジンコーテッドサンド技術は、グループ会社のレゾナック・テクノサービスが、表面を樹脂でコーティングした砂を生産する際に活用しており、この砂はアルミ鋳造型の製造などで使われている。
レゴリスにレジンコーテッドサンド技術が適用可能かを確認するため、プロジェクトメンバーは、熱が輻射のみで伝わる真空の環境で約2週間ごとに昼と夜が入れ替わる過酷な月面環境を想定して、熱シミュレーションを行った。
その結果、熱伝導率と比熱ともに向上し、月の赤道面ではレゴリス単体に比べ、コーティングした場合の方が昼間の太陽熱を20倍以上蓄熱可能な見込みであるという結論を得た。
従来の研究では、レゴリスの蓄熱性を改善する手法として、レゴリスに含まれるガラスの粒子をレーザ溶融により固形化する方法などが考えられてきたが、重量物であるレーザ装置の運搬や溶融で多大なエネルギーが必要であることが課題だった。
一方、今回提案した手法は、月面上で、スクリュー混練のみで樹脂をレゴリスにコーティング可能であり、実現できれば低エネルギーで大量製造できる。当社の計算情報科学研究センターで高いシミュレーション技術を保有しているため、今回の蓄熱効果の検証も短期間で実現できた。このような独創性が評価されチャレンジ型枠で採択された。
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