CAEの現場活用が進まない現状と理想の姿のギャップを埋める――旭化成の「みんなでCAE」:CAE最前線(2/2 ページ)
旭化成 生産技術本部 生産技術センター CAE技術部では、専任者だけでなく、それ以外の人たちにもCAEを使ってもらうことを目的に、4つの施策で構成される「みんなでCAE」を展開している。着想の背景や活動内容、得られた成果、今後の展望などについて担当者に話を聞いた。
施策2:CAE教材の制作
みんなでCAEで実施する講習会の対象範囲としては、一番の基礎といえる静解析、応力解析を中心に据えた。併せて、CAE教材の中身についても「CAE技術部に所属するわれわれが考えた教材や資料だと、特に初学者は難しいと感じてしまうだろうと思い、参加希望者から知りたい内容、学習したいことを聞くことにした」(西脇氏)という。2023年5月に、生産技術本部の全社員を対象にアンケートを実施(回答314人)し、参加希望者の概数把握と同時に、希望学習内容を記入してもらい教材制作に役立てた。
ちなみに、学習内容として要望が多かったのは「解析ソフトの使い方」「解析結果の見方/解釈について」「旭化成内で実際にCAEを活用した事例について」で、材料力学や有限要素法に関する理論的な内容よりも、実践的な内容を希望する声の方が目立った。また、自由記入欄でも「CAEが業務で具体的にどのように役立つのかを分かりやすく教えてほしい」という声が寄せられていたという。
こうした声を踏まえ、1日講習会の中身を決定した。まず午前中で、どうしても外すことのできない材料力学や構造解析の基礎、そして、要望の多かった旭化成でのCAE活用事例を紹介。午後の時間は同じく要望を重視し、ハンズオンに多くの時間を割いている。
「教材は、参加者目線を意識し、CAEを正しく使うための必要最低限の基礎知識を、できるだけかみ砕いて、図などを交えてグラフィカルに分かりやすく伝える工夫を凝らした。ツールの使い方も、基本となるフローを提示し、このステップ通りにやれば誰でもできるという流れとした。可能な限りハードルを下げて、講習会後に各自が部署に持ち帰って、『使ってみよう!』と思ってもらえる内容を心掛けた」(高村氏)
完成した教材は、座学とハンズオンで約180ページ、補足資料約40ページとあわせて200ページを優に超える力作になった。さすがにページ数が多いと考え、すぐに思い出して試せるようにA4用紙3ページほどに内容を凝縮したクイックガイド的な配布資料も用意した。
施策3:各地区での講習会の開催
各地区での講習会は、参加対象者を生産技術本部内にとどめ、2023年10月ごろから展開を開始。全ての地区での実施を終えたのは2024年1月で、全部で134人が受講した。「講習会終了後に満足度調査を行ったところ、5段階評価で4.53と非常に高いスコアを獲得できた。ハンズオンの途中から自力でどんどん進めている人もいたほどで、教材と環境さえ用意すれば、社内にもできる人がたくさんいることが分かった」と西脇氏は述べる。
また、自由記入のコメントの中には「今後もぜひ続けてほしい」といった要望だけでなく、「解析結果の正確性の判断が難しい」など、実用をイメージできたからこそ出てくるような内容や、「より高度な課題についての共有の場がほしい」といった社内コミュニティーの必要性を訴える前向きな声なども寄せられたという。「こうした声を反映し、さらにもう一歩踏み込んだ内容を盛り込んだ講習会の準備も進めている」(高村氏)とのことだ。
施策4:自部署での課題解決/活用サポート
講習会後のフォローとして、自部署での課題解決にCAEを活用しようと考えている参加者に対して、講習会の講師陣がサポートに入り、CAE活用の障壁となりがちな解析条件の設定やエラー対応などの支援を行った。「『皆さん、現場でも頑張って!』だけでは続かないし、つまずいたときに誰かが教えてあげないとそこで終わってしまう。そうならないために、事後のサポートも含めて提供することが重要だと考えた」(西脇氏)。
こうした取り組みの結果、施策実施から約半年で、生産技術本部の中から17件(2023年度実績)のCAE活用事例が生まれた。具体的には、生産設備の不具合原因の究明、生産設備のパイロット機の設計、新製品アイデアの効果確認などだ。利用者の属性としては、生産技術開発が19%、プラント設計建設が50%、設備保全が24%と、ほとんどが現場の人たちだという。
同社 生産技術本部 生産技術センター CAE技術部 部長の工藤正和氏は「みんなでCAEの施策は、開始当初はトライアルという位置付けで、対象を生産技術本部に限定して様子を見ながら展開してきたが、実施から半年で17件の活用事例を生み出すことができた。これは非常に大きな成果であり、もうこれは全社に展開すべきだろうと判断し、2024年度からみんなでCAEを全社展開することに決めた」と手応えを語る。
また並行して、「3D CADがないからCAEができない」という現場に向けて、オープンソースの汎用(はんよう)3D CAD「FreeCAD」向けの教材を準備したり、伝熱解析や振動解析など現場からの要望も多い、より高度な解析もカバーしたりなど、さらなる普及とステップアップに向けた準備も進めているという。
みんなでCAEの取り組みはまだスタートしたばかりだ。旭化成全社の中でCAEの輪を広げ、誰もがCAEを使って課題解決を図れる――。そんな“当たり前”を目指して、CAE技術部の奮闘はこれからも続く。
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