製品を量産化する前段階でのマーケティングの役割とは?:間違いだらけの製造業デジタルマーケティング(9)(2/2 ページ)
コロナ禍で製造業のマーケティング手法もデジタルシフトが加速した。だが、業界の事情に合わせたデジタルマーケティングを実践できている企業はそう多くない。本連載では「製造業のための正しいデジタルマーケティング知識」を伝えていく。
(1)アイデアを検討している段階
テクノポートが提供している新規事業の教育サービスでは、まず「1.プレゼンテーションによるヒアリング」を実施し、その後に「2.アンケート調査」の実施を推奨している。その理由は、いきなりアンケートを作成するよりもユーザーと対話しながら意見を聞いた方が、自分が気付けない情報を知ることができて、アンケート調査が有意義なものになるからだ。
スーパーで主婦の買い物を支援するための、荷物搬送機能付きの買い物支援ロボットを考えていたとしよう。想定される課題は、「買い物中の荷物が重いため、買い物をするのが大変なこと」である。
しかし、ユーザーにヒアリングした結果、「スーパーでの買い物よりも、ショッピングモールが広すぎて売り場の場所が分からないことや、子どもがいて買い物に集中できないことに困っている」という話が聞けたとしたらどうだろうか。新規事業のアイデアの方向性を修正する必要が出てくるし、実施するアンケートの内容も大きく変わる。そのため、いきなりアンケート調査を進める前に、ターゲットになり得る顧客に直接ヒアリングして基礎情報を収集することが重要になる。
筆者が経験したベンチャー企業はB2Bビジネスであったため、顧客の要望や課題を聞いて、提案書を作成してプレゼンテーションする機会が多かった。提案書を作る段階では、開発は行わずに「お客さまの課題にこのようなものがあったらうれしいはず」という仮説ベースのアイデアを整理してプレゼンテーションを実施した。その結果、お客さまが「実証実験や開発にかかる費用を払ってでも実験してみたい」と判断するかどうかが開発をスタートさせる1つの基準となっていた。言い方を変えると「プレゼンテーションで『欲しい』と言われないものは、作っても売れない」という思想でマーケティングをしていたことになる。
このようなユーザーへの直接ヒアリングは、デジタルマーケティングよりも、自分の手や足などアナログを駆使してヒアリングすることが重要になる。一方で、ヒアリングでは集められる調査結果の数に限界があるため、統計的な調査をするにはアンケート調査などが有効である。アンケート調査であれば、Web上でアンケート調査と集計ができるサービスが多数あるので、それを活用することが有益だろう。最近では、アンケートのモニターを準備してくれるサービスも充実しているので、それらを利用するのも手だ。
このように、ユーザーへのヒアリングやアンケート調査によって、アイデアの方向性が固まれば、(1)の段階は完了して(2)の段階へと移る。
(2)アイデアの方向性を決めてプロトタイプを製作している段階
この段階になると、プロトタイプを通じた検証になるので、プレゼンテーションやアンケートよりも、リアリティーのある検証が可能になる。プロトタイプを実際に使ってもらって、ユーザーの利便性が上がるか、価格感は適切か、といった調査が可能だ。
プロトタイプを活用した実験段階で重要なのは、実際に使ってもらいながら製品に改良を加えていくことである。通常の製品開発の場合は、手戻りのない開発が良いとされる。一方で、新規事業の場合は実際にユーザー先でテストした結果、気付いた新しいニーズや課題を基に、製品やサービスにフィードバックをかけることが重要になってくる。なぜならば、実際に製品を使う過程で気付いたニーズや課題は、ヒアリングやアンケートからは分からない内容であることが多く、後から参入してくる企業に対する競争優位性を築きやすくなるからだ。
筆者が所属していたベンチャー企業でも、顧客と実証実験をする度に新しいニーズや課題が見つかっていた。その度に、新しい機能を追加したり、改良を加えていったりしたが、どれも現場で実験したからこそ発見できた内容が多かったように思う。
このような開発プロセスの考え方の違いを下記の図に示す。従来製品の開発では優秀な企業ほど手戻りのない開発を進めることが習慣化されているので、新規事業のプロトタイプ製作に時間をかけたり、全ての情報が集まるまで開発を進めようとしなかったりする傾向がある。考え方を大きく変えて、「どうやったら最速で(最小限のコストで)実験して市場の情報が集まるか?」などの発想を持つことが重要だ。
上記のような過程を経て、実証実験の実績ができてくれば、Webサイトや各種メディアで情報発信することで製品やサービスのイメージをより広く認知し、他の実証実験を獲得できるようになる。そして、複数顧客での実証実験を経験して、事業としての完成度を上げていく必要がある。
新規事業の創出へ向けて
本記事では、新規事業の検討段階におけるマーケティングの役割である「新規事業の方向性を決めるために、市場のニーズや情報を集めること」について、幾つかの事例を交えながら説明した。また、その中でのデジタルマーケティングの活用の可能性について記載した。
なお、冒頭に紹介しなかった一般的なマーケティングの定義には、「顧客(市場)を創造すること」「顧客を理解し製品やサービスを整合させ、売れるようにすること」といったものもある。新規事業の検討段階における役割を示唆した的確な表現だと言えるだろう。
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筆者紹介
那須隆志
テクノポート株式会社 イノベーションアドバイザー
大手製造業の開発担当を経て、コンサルティング会社、ベンチャー企業を経験し、テクノポートにて製造業向けのコンサルティングを担当している。
製品開発、コンサルティング、ソリューション営業、事業開発などの幅広い経験を基に、テクノポートでは製造業の新製品開発プロセスの改革やイノベーション支援を行う。グロービス経営大学院経営学修士(MBA)2013/3卒業。
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