振動低減の戦略 〜ばね−マス系の振動【1】〜:CAEと計測技術を使った振動・騒音対策(8)(5/5 ページ)
“解析専任者に連絡する前に、設計者がやるべきこと”を主眼に、CAEと計測技術を用いた振動・騒音対策の考え方やその手順を解説する連載。連載第8回では、振動低減に向けた戦略の立案と効果の予測に必要な「ばね−マス系」の特性について取り上げる。
ばね定数を大きくするときの注意点
ばね定数を大きくしても、効果があまり出ないことがあります。機械の剛性をばねで表すと、図12のように直列つなぎとなっている場合が多くあります。
直列つなぎのばね定数は次式でした。
k1を変えずにk2を大きくして計算してみてください。直列つなぎのばね定数はさほど大きくならないことが分かりますね。つまり、図13のようになっていて、弱いばねだけが伸びてしまいます。
この考察から次のことがいえます。
振動対策のために機械の設計を変更するとき、どこか1箇所でも剛性の低い場所を残していたら効果は出ない
当たり前のことを書きましたが、この原則が守られていない機械を数多く見てきました。「あるある事例」であって注意が必要です。このような箇所を「剛性弱点」と呼んでいますが、剛性弱点を見つけることが対策のアプローチとなり、対策は剛性弱点だけにすればよいことになります。剛性弱点は実験モーダル解析やCAEソフトのモーダル解析などによって見つけることができます。詳しくは、モーダル解析のところで説明します。
「機械が共振している」ときのアクション
図9の領域Aではない場合について述べます。つまり、共振状態を避けられない場合です。ばね−マス系の固有振動数は1つですが、機械の固有振動数はたくさんあります。伝達関数を求めて複数ある共振点をうまく避ける方法が考えられますが、これができればそれでOKです。図3に示したインバーター駆動のように、加振周波数に多くの成分を含んでいるときなどは、共振していることを前提とした対策が必要となるでしょう。このようなときの対策方法を述べます。
式25から共振点の伝達関数の値が分かります。計算例を図7に示しました。ζを大きくする、つまり粘性減衰を大きくすると、共振点の振幅は見る見る低下します。これを利用します。図4に抵抗力を発生させる要素がありました。「ダッシュポット」と呼ばれています。このような部品を機械に取り付ける案が考えられ、いくつか採用例もあるにはありますが極まれです。実際には、図14に示すように、振動している板に制振材を貼り付ける対策がとられることが多いようです。
図14左図は振動する板に制振材を貼り付けた例、図14右図は「拘束層」と呼ばれる剛性の高い板と制振材を貼り付けた例で、共に振動エネルギーを熱エネルギーに変換して振動を小さくするものです。制振材は振動する板の厚さの2〜10倍の厚さにしないと効果が出ないことに注意してください。市販されている制振材の板厚は1〜3[mm]程度なので、この半分の板厚の板が振動している場合に有効です。つまり、ペコペコしている鋼板に有効です。厚い板厚の部品に対してはそれに応じた制振材を用意することになります。市販されている制振材の材質はゴム、樹脂、鉛などです。カタログを見ると損失係数ηが記載されていて、0.1〜1.0の間にあります。損失係数ηは前述したζの2倍です。表1にいくつかの材質のηを示します。
わざわざ「制振材」と名の付いた商品を買ってこなくても、適切な厚さの樹脂材やゴム材を機械に貼り付けることで対策ができ、かつコストダウンとなります。
最後に、筆者の失敗談を紹介します。エポキシ樹脂の構造体の内部に制振層を挿入しました。エポキシ樹脂の含侵時、つまり液体のエポキシ樹脂を注入するときに制振層を内部に入れておきました。図14右図のような構造です。結果、効果はほとんどありませんでした。エポキシ樹脂がもともと損失係数の高い材料なので、その中に制振材を挿入しても効果は出ないのです。制振材を使った方法は、金属板に有効で樹脂構造物にはあまり効果がないようです。 (次回に続く)
Profile
高橋 良一(たかはし りょういち)
RTデザインラボ 代表
1961年生まれ。技術士(機械部門)、計算力学技術者 上級アナリスト、米MIT Francis Bitter Magnet Laboratory 元研究員。
構造・熱流体系のCAE専門家と機械設計者の両面を持つエンジニア。約40年間、大手電機メーカーにて医用画像診断装置(MRI装置)の電磁振動・騒音の解析、測定、低減設計、二次電池製造ラインの静音化、液晶パネル製造装置の設計、CTスキャナー用X線発生管の設計、超音波溶接機の振動解析と疲労寿命予測、超電導磁石の電磁振動に対する疲労強度評価、メカトロニクス機器の数値シミュレーションの実用化などに従事。現在RTデザインラボにて、受託CAE解析、設計者解析の導入コンサルティングを手掛けている。⇒ RTデザインラボ
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- マツダが取り組む音源寄与度分析、簡易モデルを用いた車内音予測手法による効率化事例
マツダは、ダッソー・システムズ主催の年次コミュニティーカンファレンス「SIMULIA Community Virtual Conference Japan 2021」のユーザー事例講演に登壇し、「量産開発適用に向けた効率的な風切り音予測および分析手法について」をテーマに、音源寄与度分析および簡易モデルを用いた車内音予測手法による効率化の取り組みを紹介した。 - ランドリー(洗濯機)を題材に音振動の低次元化モデリングを考える
「1Dモデリング」に関する連載。連載第8回では音振動のモデリングの事例として、ランドリー(洗濯機)を取り上げる。まず、ランドリーとは何かを機能と構造の視点で考える。その後、音振動の伝達経路、ランドリー固有の要素を説明し、ランドリーの1D振動モデルを示す。また、振動数が変化する外力のモデリング方法とゴムのモデリング方法を紹介する。これらを踏まえ、ランドリーの振動モデルを構築、定式化、解析し、最後に音の1Dモデリングに言及する。 - 内装形状の最適化で不要振動を低減したサウンドシステムを新型車に採用
デンソーテンの新世代サウンドシステムが、トヨタ自動車の新型「クラウン」に採用された。スピーカー周辺のボディーや内装形状を最適化することで、スピーカー駆動時の不要振動を低減している。 - 航空機や自動車の騒音を低減する、高速で正確な音響解析ソフトウェア
エムエスシーソフトウェアは、音響解析ソフトウェア「Actran 2020」をリリースした。高速で正確な音響解析が可能になるため、航空機や自動車のメーカーは、騒音を低減し、乗員の快適性を向上する製品を開発できる。 - 3D解析が可能な音響解析ソフトウェアを活用し、排気系騒音の解析フローを確立
ユタカ技研が、エムエスシーソフトウェアの音響解析ソフトウェア「Actran」を用いて、排気系騒音を予測可能な手法を開発した。総合的な音響解析が可能になり、排気音・放射音を高精度に解析するシステムの構築に成功した。 - 三菱自動車が取り組んだ床下空力騒音解析、“弱点”を解決した道筋
ダッソー・システムズは、オンラインイベント「3DEXPERIENCE CONFERENCE JAPAN 2020 ONLINE」を開催。その中でカテゴリーセッションとして、三菱自動車工業 第一車両技術開発本部 機能実験部 空力技術開発の奥津泰彦氏が登壇し「PowerFLOWとwave6を活用した自動車床下空力騒音の伝達メカニズム解明」をテーマに、床下空力騒音解析の数値計算手法と計算結果などを紹介した。