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世界中の妊婦と胎児を見守るハート型IoTデバイス――メロディ・インターナショナルの挑戦越智岳人の注目スタートアップ(8)(2/4 ページ)

胎児の心拍と妊婦の陣痛を測定し、離れた場所にいる医師とデータ共有できる医療機器「分娩監視装置iCTG」を開発するメロディ・インターナショナル 創業者でCEOの尾形優子氏に開発経緯や取り組み内容について聞いた。

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電子カルテから医療機器の世界へ

 尾形氏は京都大学大学院 工学研究科を修了後、香川県でエンジニアとして複数の企業を渡り歩いた。転機となったのは地元のIT系企業に勤務していた2000年ごろ。病院間や地域をつないで電子カルテを連携させる産官学連携プロジェクトに携わったのを機に、ICT医療の世界に足を踏み入れる。

 とりわけ、産婦人科のカルテは他の診療科目と異なり、母親と胎児それぞれの健康状態を1枚に記録する特殊な仕様。そのため、他の診療科目よりも電子化が遅れていた。ITエンジニアとして、自らの手でより良くしたいと思うのは自然な流れだった。

 尾形氏は産官学連携プロジェクトの終了後に、プロジェクトを通じて得たノウハウと電子カルテの試作品を買い取り、2002年にミトラを香川県で創業した。産婦人科向け電子カルテは病院内のイントラネットで利用でき、VPN経由でメンテナンスできる仕様にした。香川県の本社から日本各地の産婦人科をサポートできることもあり、数年をかけて日本各地の医療機関を開拓。産婦人科電子カルテではトップシェアに上り詰めた。

 同時並行で尾形氏が進めていたのが、新しい分娩監視装置(CTG)の開発だ。分娩監視装置の基本原理の発明者である原量宏氏(香川大学 瀬戸内圏研究センター 特任教授)と、発展途上国でも使えるCTGの開発を進めていた。

 「周産期の医療は10カ月分のデータを記録することが重要です。CTGやエコーから得られる母子のデータは刻々と変化するので、生体から得たデータを電子カルテに連携させることに加え、産婦人科医のいないへき地でも遠隔診療ができるようにしたいと考えていました」(尾形氏)

 尾形氏がこだわったのは、発展途上国でも永続的に使えるCTGだった。産婦人科で使用する分娩監視装置はプリンタを搭載したコンピュータ端末とトランスデューサーと呼ばれる測定器から構成される。持ち運びしにくい大きさであるため、訪問診察など持ち運びを要する診察には使いにくい。設備の整った病院であれば問題ないが、医療インフラの乏しいへき地や途上国では使いにくいという課題がある。

 原氏が手掛ける試作機が完成し、香川大学を通じて、姉妹校であるタイのチェンマイ大学で実証実験の機会を得る。タイではかかりつけ医となる一次病院に産婦人科医がいないため、リスク妊娠の発見が遅れると、流産や死産するケースが非常に多く、今も社会課題となっている。試作機で妊婦を診察すると、高次医療機関への搬送を要する妊婦を早期に発見することが可能となり、赤ちゃんの救命に至った例も多く認められた。現地の医師からは感謝の言葉とともに、「もっとこのモバイル型のCTGが欲しい」というリクエストを受けた。手応えは十分にあった。

テプラだらけの端末、修理できない先進国の医療機器

 しかし、持ち込んだのは手作りの試作機。量産のめどどころか継続的にサポートできる体制も全く整っていない状況だ。必要なCTGをすぐに用意することはできない。尾形氏はチェンマイ以外の東南アジアの都市にも原氏とともに訪問した。そこで先進国から供与されたものの、故障して使い物にならない医療機器が放置されていることに衝撃を受けたという。

 「先進国からODA(Official Development Assistance:政府開発援助)で医療機器が導入されても、壊れたら修理できずに放置という状況をたくさん見てきました。産婦人科医のいる都市圏ではインタフェースは英語で済みますが、過疎地では現地語しか通じません。端末の外装に現地語に翻訳したテプラ※注1をベタベタと貼り、うまく機能していなくても、壊れかけでもだましだまし使って、何とかする――。そういう状況を見て、途上国でもサステナブルに使えるCTGの必要性を感じました」(尾形氏)

※注1:「テプラ」はキングジムが製造、販売するラベルプリンタで、同社の登録商標です。

 帰国後もチェンマイの医師からは、尾形氏と原氏のCTGで命が救われた母子の情報が定期的に届いた。自分たち以外の企業が手掛ける気配は一向にない一方で、新たな製品に対する要望は高まるばかりであった。「後には引けない、自分たちがやらなければいけない」という気持ちが日に日に強くなる。このプロジェクトを一過性のもので終わらせるわけにはいかなかった。

 尾形氏はCTGを開発するメーカーとしてフルコミットするべく、ミトラの経営から離れ、2015年にメロディ・インターナショナルを創業した。試作品での実績もあり、量産は容易に進むかと思われた。しかし、そこから3年間におよぶハードウェアスタートアップとしての苦労が待ち受けていた。

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