品質だけでない現場のコンプライアンス違反リスク、複雑な要請にどう対応するか:複雑化した工場リスクに対する課題と処方箋(1)(1/2 ページ)
これまで製造現場のコンプライアンス違反といえば、品質にかかわる不正や不祥事がメインでした。しかし近年、ESG経営やSDGsの広まりから、品質以外の分野でも高度なコンプライアンス要求が生じています。本連載ではコンプライアンスの高度化/複雑化を踏まえ、製造現場が順守すべき事柄を概観します。
従来、製造現場におけるコンプライアンス違反は、品質にかかわる不正や不祥事が主なものでした。業界や企業規模を問わず、検査結果の改ざんや捏造など、品質の不正や不祥事に関するニュースが後を絶えないことは、周知の通りです。
しかし近年、顧客の要求が高度化するとともに、ESG(環境/社会/ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)などの要請を受け、「環境」「労働安全衛生」「情報管理」といった品質以外の分野でも、製造現場が順守すべき事項がいくつも生じています。複雑化するこれらの要求への対応が不十分なために発生する問題も増えています。
本連載では、コンプライアンスの高度化/複雑化を踏まえ、製造現場が順守すべきコンプライアンスの外延を展望します。その後、コンプライアンス違反の効果的かつ効率的な予防、発見、対応方法について、執筆者の経験やKPMGの支援実績から得られた知見を基に解説します。
コンプライアンスの高度化/複雑化
近年、これまで不正や不祥事とは無縁だと考えられてきた企業による品質不正事案が発覚しています。過去の連載(「事例で学ぶ品質不正の課題と処方箋」)でも解説した通り、その背景には自社の能力を無視した受注と納期へのプレッシャーといった要因の他、自社製品の品質への妄信と外部監査の形骸化、現場業務の属人化と技術のブラックボックス化など、モノづくりの現場だけでなく、全社的な改善活動が望まれる問題や課題があります。
そこで、最終製品が顧客の求める性能を満たしてさえいれば良しと、現場任せにするのではなく、客観的に検証できる品質試験など、作業の標準化や管理手順を定めることが重要です。また、顧客の要求や法規制、各種認証の変化に応じて随時見直しを行い、それらの「手続き」を守ることで品質を担保する「品質コンプライアンス」という考え方が大切になります。
しかし、近年明らかになった不正/不祥事事案の調査報告書からは、品質コンプライアンスの根幹をなす法令や契約で定められた「手続き」に関する不正や不祥事も多く発生しており、品質コンプライアンスの考え方もいまだに現場に浸透していないことが分かります。
品質以外の点に目を向けても、産業標準化法や不正競争防止法の改正によって、不正/不祥事に対する罰則が強化され、ESG/SDGsなどの要請から人権や脱炭素など、順守すべき事項が増えています。製造現場に対するコンプライアンス順守の要請は、ますます高度化、複雑化しつつあります。
このように、高度化/複雑化するコンプライアンスと製造現場の隔たりを埋めるためには、多岐にわたる順守事項とその違反リスクについて整理することが重要です。
コンプライアンス違反リスク
言うまでもなく、製造業の企業が考慮すべき事項は品質領域にとどまりません。長時間労働のほか、ハラスメント、爆発/火災事故につながる労働安全衛生、土壌汚染/水質汚濁や海洋汚染などの環境問題、技能実習生などの外国人労働者をはじめとした人権問題、不正アクセスや機密情報漏えいに関する情報管理など、さまざまな要素に対応する必要があります。
その中で、今回は情報管理の問題を取り上げたいと思います。情報漏えいと聞くと、サイバーアタックやマルウェア感染といった外部からの不正アクセスを連想するかもしれません。しかし、不正/不祥事という観点から見ると、内部の管理体制がずさんであることから、従業員が意図せずコンプライアンス違反を犯してしまっていたというケースも珍しくないのです。
例えば、顧客図面を基に自社製造品の設計図面を書き起こすケースを考えましょう。その際、顧客図面の取り扱いはどのように行われるべきでしょうか。技術供与の契約締結先から当該技術に関する図面提供を受けた場合に、図面の取り扱いはどの程度慎重であれば十分と言えるでしょうか。
とはいえ、多くの読者は、図面などの技術情報を外部に漏えいすることなどあり得ないと思うかもしれません。では、もう一歩踏み込んでみましょう。自社図面に基づいて量産化を進める際に、一部の部品を下請となる外部の会社に製造委託する場合や、研磨や塗装といった一部の工程を外部専門業者に委託して、自社工場内で作業する場合を想定します。情報の取り扱いについて、どのような作業指示を出しているでしょうか。
ここまで考えると、不安が生じた方もいるのではないでしょうか。実際、こうした状況下で情報管理に関する方針や手順まで整備、運用できていない企業は少なからず見受けられます。このようなケースでは、情報漏えいによる秘密保持義務違反に基づく訴訟リスクが潜在していると考えられます。
また、訴訟での賠償以外にも、図面利用が認められず生産、出荷停止に至る可能性もあります。顧客や技術提携元が海外の企業であった場合には、輸出規制に抵触するかもしれません。もし情報開示先として、当局に事前申請している企業以外への技術情報の流出が明らかになれば、調査や課徴金などの制裁につながるでしょう。
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