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月面ローバー技術と超音波モーターで不整地でも長時間動くAMRを――Piezo Sonic越智岳人の注目スタートアップ(7)(2/3 ページ)

月面探査ローバーの研究開発で培った知見と独自の超音波モーター「ピエゾソニックモータ」を活用した搬送用自律移動ロボット「Mighty」を手掛けるPiezo Sonic 代表の多田興平氏に開発経緯やビジョンについて聞いた。

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月面探査ローバーに没頭した学生時代からモーターの世界へ

 多田氏は1975年生まれ。中央大学在学中にJAXA(宇宙航空研究開発機構)との共同研究の一環として、宇宙探査機用のモーター開発に携わる。子どものころからラジコンの組み立てやオリジナルの機構を考えることが好きだった多田氏は、従来のモーターとは駆動原理が全く異なる超音波モーターの開発に没頭する。

 多田氏は宇宙探査機の開発を通じて、MRI装置などの高磁場環境や原子力発電所などの高濃度の放射線物質環境でも正常に作動する超音波モーターの可能性に魅了される。中でも、回転型超音波モーターの発明者で、新生工業の創業者である故・指田年生氏に多大な影響を受けたという。その指田氏の誘いで大学院修了後に新生工業に入社。モーターの開発エンジニアとしてのキャリアを歩むこととなる。

 新生工業では超音波モーターの開発に携わる一方で、ロボット開発に欠かせない機構設計や駆動回路設計、開発、製造まで幅広く経験。ここでのモーターと機構部品の開発の経験が現在に受け継がれている。2017年に独立し、Piezo Sonicを設立。当初は独自開発した超音波モーターの研究開発と製造を目的としていた。多田氏は自ら営業活動をし、市場ニーズに直接触れる中で、搬送ロボットの需要が高いことを知る。

 「平地しか走行できないロボットは陳腐化が早く価格勝負になることは目に見えていました。知財を武器に、不整地でも容易に走行できるロボットであれば競合との優位性を維持できると考え、2018年ごろからMightyの構想に着手しました」(多田氏)

Piezo Sonicが開発した搬送用自律移動ロボット「Mighty」の第三世代モデル(Mighty-D3)
Piezo Sonicが開発した搬送用自律移動ロボット「Mighty」の第三世代モデル(Mighty-D3)[クリックで拡大] ※撮影:筆者

 シード期のスタートアップにとって、事業運営と研究開発を両立させることは難しく、まとまった開発資金の調達は欠かせない。多田氏が開発資金の調達に悩んでいたころ、大田区で区内の製造業企業を活用したビジネスモデルに助成金を拠出する事業があることを知った。多田氏は以前から準備していたMightyの事業案を提出。大田区内の企業を中心とした新たなモビリティロボットを開発する案は採択され、2019年に初代モデルが完成した。

 折しも当時は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、あらゆる産業がロボットの導入やDX(デジタルトランスフォーメーション)へのシフトなど、新たなテクノロジーへの投資に重い腰を上げたタイミングだった。さらに、公道でのロボット走行を可能とする規制緩和が議論された時期(2023年4月から改正道路交通法が施行予定)とも重なり、高速バスターミナルや医療機関での実証実験など、PoC(概念実証)の機会を早々に得られた。

モーター屋からスタートアップへの転換

 モーターから、ロボットという完成品メーカーへと転身したPiezo Sonicだが、多田氏のマインドもこのころから変わってきたという。

 「創業当初は自分一人で部品を調達して、モーターを組み立てて客先に納品する『モーター屋』としての事業が中心でした。大きなビジョンよりも、足元の売上を重視するマインドが自分を占めていました」(多田氏)

 しかし、Mightyが世に出たことによって多田氏はモノづくりの裏方ではなく、社会課題の先頭に立つスタートアップ経営者としての役割を内外から求められるようになる。その1つが大きなビジョンを描くことだったという。

 東京都が主催するアクセラレーションプログラム「ASAC」にPiezo Sonicが採択された際、多田氏はスタートアップ経営者として必要な要素を学ぶ機会を得た。それまでも多田氏はスタートアップ創業者が、大きな夢をプレゼンテーションすることは知っていたものの、そこには自分とは相いれない気恥ずかしさが少なからずあったという。しかし、外部から資金調達し、事業会社と提携して、優秀な社員を採用していくためには、誰もが納得する夢と実行シナリオを作り上げることが必要だと多田氏は考えを改めた。

 「着実な事業計画と足元の売上も大切ですが、スタートアップとして加速し、成長するためには大きなビジョンを掲げなければならないというマインドの変化がありました。単に大風呂敷を広げるのではなく、時代の流れを踏まえた説得力のある風呂敷を広げる――それは周囲にとっても夢を抱かせるようなものでなくてはならないと考えを改めたのです」(多田氏)

 多田氏はこのころからモーターの性能やモビリティの機能のみならず、それによって解決する未来のビジョンを事業計画に盛り込んだ。

 「使用電力の低い超音波モーターに置き換えることで、世界中の消費電力抑制に貢献します。また、超音波モーターを使ったMightyが人の生活をサポートする業務で活躍することで、『遠隔操作オペレーター』という新たな雇用を創出できると見込んでいます」(多田氏)

 モーターのスペックと性能を重視する技術志向から、技術の社会実装による課題解決を目指すスタートアップへのマインドセットの変化は後に強力なパートナーを得るきっかけにもなった。

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