【実例】現場の声から治具が出来上がるまで(その1):製造現場の地味な要!? 治具設計の舞台裏(2)(1/2 ページ)
現役の“治具屋”でもある筆者が、これまで手掛けてきた治具製作の事例を幾つか引用しながら、治具ができるまでの流れや治具設計のポイント、注意点について解説する連載。連載第2回では「現場の困りごと相談」から始まる治具製作の実例を取り上げる。
皆さん、こんにちは! Material工房・テクノフレキスの藤崎淳子です。
前回は「『治具』とは何か?」から始まって、生産工程における治具の必要性とその働きについて、筆者の製作事例を交えながら説明しました。そして、筆者の実務上の感覚として「治具製作のほとんどは、使う側から寄せられる『現場の困りごと相談』からスタートする」とお話しました。
「サビ止めのオイルをスチール製品に塗布する道具がほしい」
筆者は日々の業務を1人でこなしているため、表向きでは扱うジャンルを、プリント基板や半導体デバイスの生産関連の治具に特化しているのですが、寄せられる相談はそれに限らないのが実情です。ですから、実のところは「自分がきっちりと責任を持って対応できる範囲であれば、どんなモノでも作りましょう!」という姿勢で取り組んでいます。
そんな中、次のような相談が舞い込んできました。それは「スチール製品を海上便で輸出したいので、輸送中の製品にサビが出ないようオイルを塗布する道具がほしい」という内容でした。これは「治具」ではなく「道具」ですね。
一度に大量の製品を運べる海上便は、航空便と比べて運賃が安く上がるメリットがある一方で、輸送日数がとても長い上に、温度と湿度の影響を受けやすいというデメリットがあります。メッキや塗装がしてあっても、その下からサビが浮いてくることもあるため、相談に来たお客さまは、スチール製品の輸出前にサビ止めのオイルを一つ一つ手塗りしているというのです。
要するに、本当のところの相談の趣旨は「作業者によるオイル使用量のバラツキをなくし、作業効率を上げてくれる“何かいいモノ”を考えてくれ!」というものでした。そこで、「『何かいいモノ』に求める機能は何ですか?」と尋ねたところ、次のような要望が返ってきました。
- 誰がやっても一定量のオイルが均一に塗布できるようにしてほしい
- センサー起動でオイルが出るようにしてほしい
- 作業中にオイルがこぼれたり、飛び散ったりしないように配慮してほしい
実際に、手作業でオイルを塗る現場の確認と作業の様子を見せていただきながら打ち合わせを進めていく中で、「何かいいモノ」のサイズ感はつかめました。また、それを同じ現場の一角に設置したいということなので、設置場所の面積を測ってメモし、必要な台数と希望納期、おおよその予算といった「購買条件」の聞き取りを行いました。その内容は以下の通りです。
- 台数は差し当たって「1台」
- 希望納期は「数カ月以内」
- 予算は「ざっくり20万〜30万円程度で考えているが、正直、予算枠が小さいのでとにかく安上がりで簡易的な構造でお願いしたい
「簡易的な構造=安上がり」とは限らない
台数と納期は気にならないレベルですが、「簡易的な構造=安上がり」とは限らないので、費用面で「これはちょっと大変だな……」と思いながら、とにかく一度お話を預かって、数日かけて構想を描き出していきました。
この段階では、ひたすら紙に鉛筆でポンチ絵を描きながら情報を整理し、並行して既成品のメカニカル部品や電子部品の検索と選定を進めていきます。
こうして「スプレーユニット」と「制御ユニット」に設計を分けてプランを立てて、それをセットにしたときに“狙った予算内”に収まるように調整しました。
とにかく費用を安く抑えるために、ALLお手製をやめて既成品のスプレーガンとエアレギュレーターを使うことにしました。筆者の方で設計したのは、オイル容器を吊って支えるマグネットベースを固定する鉄板の土台と、噴霧ノズルを格納するケース、それからタイマー基板を使ったオン/オフのコントローラーでした。タイマーの作動時間は基板上のジャンパーピンで1〜10秒の範囲で任意に設定できます。噴霧ノズルは、円形状に噴霧するタイプを選定。これで「誰がやっても一定量のオイルが均一に塗布できるようにしてほしい」という希望はかないます。
実は、スプレーガンのメーカーにも推奨コントローラーはあったのですが、「20万〜30万円か、それよりも安く」という切り詰めた予算の範囲内ではそれを使うことができませんでした。そのため、ここだけは“部品を集めて自作する”という手段を取ることにしたのです。その結果、筆者の設計費と組み立て工賃を加算したとしても、コントローラー自体の費用がメーカー推奨品の半値以下で済む計算になりました。
スプレーガンの噴霧ノズルはケースの中で上を向いていて、ばねで浮かせた上蓋との間にマイクロスイッチを入れています。製品を上蓋に乗せて押し下げるとスイッチがオンになり、タイマー基板に設定した秒数だけオイルが円形状に噴霧されるという、中学生の自由研究レベルの至って簡単な設計です。これで「作業中にオイルがこぼれたり、飛び散ったりしないように配慮してほしい」「センサー起動でオイルが出るようにしたい」という希望もかなうことになります。
ここまで仕様をまとめて費用を切り詰めた見積もりをお出しした時点では、製作する方向に風がブンブン吹いていたのですが、残念なことに、その直後に対象製品にまつわるお客さまの状況が変わってしまい、結局は設計止まりとなってしまいました……(実はこういう話はよくあることです)。ただ、この案件での経験を他の設計に転用/流用するのはこちらの自由なので、その後の設計作業に生かしています。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.