図面表記の曖昧さが生む現地調達部品のトラブル:リモート時代の中国モノづくり、品質不良をどう回避する?(5)(1/2 ページ)
中国ビジネスにおける筆者の実体験を交えながら、中国企業や中国人とやりとりする際に知っておきたいトラブル回避策を紹介する連載。第5回では、図面上の「〜相当品」の表記に関して筆者が実際に遭遇したトラブルを、中国の現地調達部品の実情に絡めてお伝えする。
前回のコラムで、相手に判断を委ねる「〜相当品」や「〜一任」の図面上の表記が、不良品を発生させる原因になることをお伝えした。今回は、その中でも「〜相当品」に関して筆者が実際に遭遇したトラブルを、中国の現地調達部品の実情に絡めてお伝えする。
「○○社製 A-123相当品」の図面表記
インサートナットなどのカタログに掲載されているような汎用(はんよう)部品が取り付いた部品があった場合、その部品の図面では、汎用部品を「〜相当品」と表記することがある。「〜相当品」の意味は、汎用部品は多くの部品メーカーが類似の部品を販売しているため、「貴社が入手しやすい類似部品でよいです」というもので、この部品を作製する部品メーカーに対して指示を出しているのだ。
ところが、現在のモノづくりは、日本で設計を行い、海外で生産することが多い。そうした場合、試作部品の作製は日本で行い、生産する部品の作製は海外で行うため、これら2つの部品の間で異なる汎用部品が使われてしまうことがあるのだ。
日本で試作部品を作製するときに、図面に「○○社製 A-123相当品」と表記されていれば、○○社から直接部品を購入してそれを使用することが多い。しかし、同じ図面を用いて中国で生産を行う場合、「〜相当品」と表記されていれば、日本の○○社から部品を中国に輸入するとは限らない。日本でしか入手できない部品であれば日本から輸入するであろうが、インサートナットのような汎用部品であれば、中国にも製造している部品メーカーはたくさんあるので、中国の部品メーカーから購入することになるだろう。現地調達率を上げたい購買部なら、図面に「〜相当品」と表記されていれば、当然中国の部品メーカーから購入したいはずだ。
試作は日本で行い、生産を中国で行う
筆者が実際にトラブルに直面したのは、インサートナットが熱溶着された樹脂部品であった。樹脂部品のネジ留め部は強度が必要であるため、金属製のインサートナットを熱溶着して埋め込んでいた。
設計の日程が終盤に差し掛かり、インサートナットを取り付ける樹脂部品の金型が中国で完成し、その成型品もほぼ最終のものが出来上がった。日本で行う最後の試作では、設計者はその樹脂部品を中国の成形メーカーから送ってもらい、日本でインサートナットを取り付け、その後インサートナットの抜去力(※)の強度試験を行い、そしてインサートナットは十分な抜去力で樹脂部品に取り付いていることを確認した。インサートナットを熱溶着する装置は、日本にあるものを使用した。
※抜去力:垂直に引き抜いて樹脂部品から外れる強度のこと。
さらに設計は進み、承認部品を作製する段階に入った。承認部品とは、生産が開始される直前に作製されるもので、「これから、これと全く同じものを生産してください」ということを示すサンプルである。承認部品の作製は、中国の成形メーカーに図面で指示されているインサートナットを購入してもらい、熱溶着も行ってもらう。筆者は中国に駐在していたため、この承認部品を作製する業務を担当していた。
中国にいる筆者に、成形メーカーからインサートナットの取り付いた承認部品が届けられた。筆者のもとには、日本から送られてきた最終の試作部品もあった。もちろん、これら2つは全く同じ部品であるはずだ。筆者は、この入手した承認部品を日本の設計者に送り、承認をもらってから中国の成形メーカーに生産を開始する指示を出すのだが、日本に送る前に試作部品と承認部品に取り付いた2つのインサートナットの抜去力を比較してみようと考えた。熱溶着の装置とその設定値が日本と中国では異なると考えられるので、その違いによる抜去力の差を確認するためである。筆者の経験からは、ほとんど差はないはずであったが、実際に確認してみると承認部品の抜去力の方が、試作部品の抜去力と比べて著しく劣っていたのであった。
2つのインサートナットの比較検討
筆者にとっては信じられないことであった。樹脂部品とインサートナットが全く同じ部品であるにもかかわらず、インサートナットを熱溶着した後にこれらの2つの抜去力に大きな差が生じたからである。まずは、インサートナットの熱溶着条件の違いに原因がありそうだったので、インサートナットの挿入速度や温度の条件をいろいろ振り、抜去力に違いが生じるかを確認してみた。しかし、どう条件を変えてみてもインサートナットの抜去力には大きな差は生じなかった。
樹脂部品のインサートナットが取り付く部分の形状に、もしかしたら変更があったかもしれないと考え、その寸法を測定してみたが全く同じ寸法であった。インサートナットを熱溶着していない樹脂部品は余分に入手してあったので、それを用いて寸法の比較を行ったのだ。
残る原因は、インサートナットの形状が異なるとしか考えられない。しかし、図面の表記は「○○社製 A-123相当品」で何も変わってはいない。それではと、インサートナットの現物の形状を比較してみようと考え、急きょ日本から試作部品の作製時に使用したインサートナットを送ってもらった。中国にいる筆者の手元には、中国で入手したインサートナットの現物がたくさんあった。
日本からインサートナットが到着し、日本と中国で入手した2つの「○○社製 A-123相当品」を比較したが、目視では同じ形状に見える。部品の直径と高さが4mm程度の小さな円筒形の部品であり、円筒形の側面には熱溶着によって樹脂に食い込むように非常に細かい螺旋(らせん)形状が加工されている。しかし、目視ではその違いを明確に確認することができなかったため、顕微鏡でその細かい形状を比較することにした。すると、驚いたことに微妙に形状が違ったのであった……。
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