富岳のプロセッサ活用で高速化、「世界最速級」の36量子ビットシミュレーター:量子コンピュータ
富士通は2022年3月30日、「世界最速レベル」(同社)の量子計算が行える36量子ビットの量子シミュレーターを開発したことを発表した。同社が運用するスーパーコンピュータ「富岳」のプロセッサ「A64FX」の性能を生かしたものとなっている。
富士通は2022年3月30日、「世界最速レベル」(同社)の量子計算が行える36量子ビットの量子シミュレーターを開発したことを発表した。同社が運用するスーパーコンピュータ「富岳」のプロセッサ「A64FX」の性能を生かしたものとなっている。
データ再配置技術で高速化実現
現在、量子コンピュータの研究開発の進展によって、100量子ビット級の実機が登場している。ただし、これらはノイズによるエラーが発生し得る、いわゆるNISQ(ノイズあり中規模量子デバイス:Noisy Intermediate-Scale Quantum)コンピュータである。富士通 執行役員常務の原裕貴氏は「本格的な量子計算を行うには誤り耐性を持つコンピュータ開発が必須になる」と指摘し、そのため現時点では既存のコンピュータ(古典コンピュータ)を活用した量子シミュレーターを活用することで量子計算を行っていると説明した。
量子シミュレーターには技術的な課題がある。量子ビットの数を増やすと、古典コンピュータに求められる必要なメモリ容量や計算回数が大きく増加してしまう。具体的には1量子ビットの増加によって必要なメモリ、計算量は2倍になる。例えば量子ビットを10から20に増やすためには、10量子ビットで必要とする1024倍ものメモリ量が必要になる。このため、通常のPCであれば、「シミュレートできるのはせいぜい30量子ビットまで」(原氏)ということになっている。現在各社からさまざまな量子シミュレーターが提供されているが、いずれも膨大なメモリ、計算時間を要するという。
今回、富士通が発表した量子シミュレーターは、富岳に使用されているプロセッサ「A64FX」を生かして、高速な計算が行える36量子ビットの量子シミュレーションを実現したものとなる。既にユーザー企業と共同開発を進めており、一例として、富士フイルムとは材料分野で研究を開始した。2022年9月には40量子ビットの量子シミュレーターもリリースする予定だという。
高速化を実現する鍵となった技術が「データ再配置技術」だ。原氏によると、従来の量子シミュレーターでは「30量子ビットまでは単一のサーバ上で処理が行えるが、それ以上になるとメモリの容量の問題で、2つ以上のサーバが必要になる。すると、複数のサーバ上で量子ゲート操作を行うことになり、サーバ間で通信が必要になるため、計算が大幅に遅延してしまう」という。
一方で富士通は、データ再配置技術を活用することで、最初の計算が終わった時点で、並列化したサーバ上のデータの再配置を最適化できるようにした。通信コストを最小化するようにデータをサーバ上で再配置することで、従来の手法よりも計算速度を向上させた。この他、通信と計算の処理をオーバーラップさせて同時に実行することで処理時間を短縮し、さらに、「A64FX」の性能をより活用するため、複数の計算を同時実行するSVE(Scalable Vector Extensions)命令を活用し、最大限のメモリ帯域を引き出すといった技術的工夫も取り入れたという。
富士通は今回発表したシミュレーターの性能を検証するため、「Intel Quantum Simulator」「JUQCS」「Qiskit Aer」との性能比較を行った。なお、検証に際しては各シミュレーターが論文で公開している性能評価手法を採用している。結果として、Intel Quantum Simulatorと比べてゲート操作の速度が平均約3.7倍、JUQCSと比べてゲート操作の実行時間が最大約2倍、Qiskit Aerと比べてQuantum Volumeベンチマークの実行時間が最大約2倍に達したことを確認した。
原氏は「特に材料や金融の分野で、シミュレーターを活用した共同研究を進めていきたいと考えている。現時点で、富士フイルムの他にも5社と共同研究を開始する計画がある。量子アプリケーションを活用して、今までにできなかったことを可能にしていきたい」と語った。また、量子コンピューティングのスタートアップであるQuna Sysと協力し、同社の量子科学計算ソフトウェア「Qamuy」によって高速な量子科学計算の実現を目指すとも説明した。
富士通は2023年度に理研RQC-富士通連携センターにおいて、超電導量子コンピュータを公開し、2024年度には同センターで大規模な超電導量子コンピュータを公開するとともに、エラー訂正技術の実装を実現するというロードマップを公開している。
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