水上太陽光発電への挑戦、常識を打ち破るフロート構造はこうして生まれた:デザインの力(1/4 ページ)
湖や貯水池などで展開が進む「水上太陽光発電」。市場は欧州企業による一社寡占状態だが、日本国内でも水上太陽光発電用フロートの開発が加速している。本稿では、大手ゼネコンからの依頼を受け、これまでにないフロート構造を考案したエンジニアたちの挑戦の記録をお届けする。
今、注目される「水上太陽光発電」
2020年10月の日本政府による「2050年カーボンニュートラル宣言」以来、国内において、脱炭素対応や再生可能エネルギー活用についての関心が急速に高まっている。
そのうち、再生可能エネルギーの代表的なものの1つが太陽光発電であり、企業や住宅への設備導入も広まってきている。また、今後のさらなる需要拡大が見込まれることから、国内の太陽光発電設備の増設が進められている状況だ。
その一方で、太陽光発電には課題もある。例えば、設置やメンテナンスに高額な工事費や人件費がかかるという点だ。さらに、メガソーラー発電設備ともなると、日照条件が良く、広大な敷地が必要となる。そうした理由から、山岳部に設置されるケースが多いメガソーラー発電設備だが、山岳部といえども土地は有限であり、自治体や地域住民との話し合いに加えて、山林を切り開いての大規模な整地も行わなければならない。
このような陸上で展開される一般的な太陽光発電に対して、今注目を集めているのが、水上太陽光発電だ。
「水上」とはどこかといえば、湖や貯水池などである。水上での太陽光発電設備であれば整地は不要で、日照を遮るものが少ないというメリットがある。さらには「水をためておく場所」としての本来の利用目的に加えて、「発電する場所」という新たな価値を付加できる点も注目を集める要因の1つとなっており、水上に設備を設置することで、水中の生態系を崩す可能性がある水草の過剰繁殖を抑制するといった副次的効果も期待できる。
既存の国内設備としては、愛知県豊明市の若王子池にある「豊明市水上メガソーラー発電所」、千葉県市原市の山倉ダムにある「千葉・山倉水上メガソーラー発電所」、兵庫県加東市の西平池にある「兵庫・高岡西水上メガソーラー発電所」などが挙げられる。
デジタル設計をフル活用し、水上太陽光発電フロートの技術課題を解消
太陽光発電設備を水上に設置するために必要となるのが「フロート(浮き)」だ。
本稿で紹介するのは、電化製品や家具などの幅広いプロダクトデザインを手掛けるTriple Bottom Lineのプロダクトデザイナーである柳澤郷司氏と、シミュレーション業務や製品設計支援を請け負うmfabricaのコンサルタントでメカ設計者でもある水野操氏らが携わった水上太陽光発電用フロート開発のストーリーである。両氏を含むプロジェクトメンバーは、台湾に拠点を置く部品加工メーカーとも協力しながら、ユニークな方法で水上太陽光発電用フロートにおける技術課題の解消に取り組んだ。
水上太陽光発電システムは大型インフラ設備であるため、頻繁な修繕や作り替えをするわけにはいかない。水に浮かぶフロートそのものも厳しい気象条件下で、長年にわたり使われ続けることから、その開発は試作と検証の繰り返しが通常であり、時間のかかるものであった。
今回のプロジェクトにおいても「従来のような進め方で開発に取り組んでいたら、2年以上かかっていただろう」と柳澤氏は試算する。当然、そのように悠長な開発をしていたら商機を逃してしまう。そこで、3D CADやCAEを駆使したデジタル設計によって、試作回数を減らすことで開発期間の大幅短縮を目指した。
プロダクトデザイナーがなぜフロート開発に携われたのか
「プロダクトデザイナー」といえば、意匠性の高い製品や建築物のデザインを手掛ける人というイメージが強い。だが、柳澤氏が代表を務めるTriple Bottom Lineの仕事は、量産品の立ち上げやデザイン支援、ブランドプランニングと幅広くかかわることが特色だ。
柳澤氏が手掛けるプロダクトデザインは、意匠性の追求と併せて、「工場で実物化できること」「市場に投入できること」といった実現可能性も突き詰めた検討が行われる。「全てのプロダクトデザインは工場にひも付いている。“絵に描いた餅”のような、製品化できないデザインは単なる空想でしかない」と柳澤氏は言い切る。
こうした考えに基づき、柳澤氏はプロダクトデザイナーでありながら、設計から量産まであらゆる工程に立ち会う。「『なぜ、デザインスタジオの人がここ(製造ライン)にいるのか?』と、よく現場にいる人たちに驚かれる」(柳澤氏)という。
柳澤氏が水上太陽光発電用フロートの設計開発を担当することになったのは、プロダクトデザイナーとしてのこれまでの実績に加えて、「プロダクトデザインを実物化し、かつ量産化するまでの知恵」も期待されてのことだ。日頃、柳澤氏と取引するある企業の担当者が「柳澤さんなら経験も豊富で、小回りも利くし」と、大手ゼネコンが主導する本プロジェクトの仕事をつないでくれたのだという。
「プロジェクトの依頼主は歴史ある大手ゼネコンで、彼らは建築/建設や土木、設備などの“一点モノ”を作る知識や経験が非常に長けている。その一方で、水上太陽光発電用のフロート部のように、『同じ仕様で、同じ品質のものを、安く早く大量に作る』いわゆる“大量生産”の経験があまりなかったことから、そこを支援する形でプロジェクトに参画するに至った」(柳澤氏)
太陽光発電パネルを水上で支えるフロートは重要な構成部品であり、水上で複数連結し、1つの水上メガソーラー発電所(アイランド)として運用されるため、当然ながら“数”も必要となる。既に、水上太陽光発電システムを展開する企業も存在するが、フロートは規格品ではないため、部品商社などから調達できるわけではなく、一から設計しなければならない。
実は、柳澤氏のところに話が来る以前、依頼主であるゼネコン自身が自力で水上太陽光発電用フロートの開発を試みたことがあったという(以下、これを「第1世代」と呼ぶ)。柳澤氏らプロジェクトチームの仕事は、まずこの第1世代の設計を手直しするところから始まった。
プロジェクト当初、第1世代の設計データを入手できなかったこともあり、3Dレーザースキャナーで実機の形状を取得して3Dデータ化する、リバースエンジニアリングを実施。併せて、水上太陽光発電システムを開発する競合の調査も進めながら、第1世代の改善点や競合製品のさまざまな課題点を洗い出した。
その結果、「第1世代の形状のまま、いろいろなやり繰りを試みて実現するよりも、一から新規設計してしまった方が早いと判断した」と、柳澤氏は当時の決断を振り返る。そこで柳澤氏率いるプロジェクトチームは、全く新しいフロートの設計に取り掛かることとなった。
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