フレキシブルな生産ラインの構築、CC-Link IE TSNで実現する無線化への道:産業用ネットワーク
スマート工場化でIoT技術の活用やマスカスタマイゼーション対応が進む中、それに伴う情報のやりとりが増加し、工場内のケーブル配線の増加が問題となりつつある。産業用ネットワークの普及団体であるCC-Link協会(CLPA)ではTSN技術を活用したCC-Link IE TSNでネットワーク統合による省配線に取り組んできたが、これをさらに進めるため、無線ワーキンググループ(無線WG)を設立した。工場無線化の動向と、CLPA 無線WGの取り組みについて推進する3者の鼎談をお送りする。
スマート工場化が進む中、工場内では従来の機器の制御だけでなくデータ取得のため、さまざまなネットワークが構築されるようになってきている。そのため、製造システムの柔軟性や製造現場の情報活用の拡大に向け、無線通信技術への関心が高まっている。
これらを背景に、産業用オープンネットワーク「CC-Link IE TSN」などCC-Linkファミリーの普及を目指すCC-Link協会(CLPA)では、2019年3月に無線ワーキンググループ(無線WG)を設立。工場内でのネットワークの無線化に向けた取り組みを本格化し、CC-Link IE TSNにおける5GやWi-Fiなどの無線技術の適用検討を進めている。
本稿では、CLPA 事務局長の川副真生氏と、CLPA 無線WGのリーダーを務めるNEC デジタルプラットフォーム事業部 マネージャーの鈴木順氏、三菱電機 名古屋製作所 FAシステム第一部 ネットワーク開発第一課 課長の大石貴裕氏の鼎談を通じて、工場無線化の動向とCC-Link IE TSNにおける無線技術活用の取り組みについて紹介する。
工場において「無線」に求められる3つのユースケース
CLPA 無線WGは2019年3月に設立され、同年6月より具体的に活動を開始した。CLPA 川副氏は「2018年11月にCC-Link IE TSNを発表しました。CC-Link IE TSNでは、スマート工場化の動きに最適な産業用ネットワークの在り方を検討し、いち早くTSN(Time-Sensitive Networking)に対応した規格であり、ネットワーク統合による省配線に取り組んできました。ここで描かれる理想の工場の姿を考えた時に、自律的なモノづくりや工程変更などのキーワードもあり、これらを実現するためには無線通信技術が必須です。そこで、CC-Link IE TSNの無線技術の活用についても、いち早く検討を開始しました」と、活動のきっかけについて語っている。
実際に活動を進めている三菱電機 大石氏もここ数年工場における無線化への期待は高まっているという。「三菱電機ではさまざまなFA製品を展開しており、工場でのエンドユーザーの話を聞く機会がありますが、無線化の要望は高まっています。10年ほど前であればネットワークにおける無線技術は信頼性の面で問題があると見られがちでした。しかし、ITの進化も含め無線適用の可能性を検討する動きは増えています」(大石氏)。
NECの鈴木氏も同様の考えを示す。「無線についての技術は高まっています。用途によっては課題解決に使えるようになってきました。ネットワークを使う用途が増えており、高速応答性や安定性などが必要な環境以外でも用途が広がっています。こうしたことも無線ネットワークへの関心を高めている要因だと考えます」と鈴木氏は述べる。
製造現場での無線ネットワークの活用については、具体的には3つのポイントがある。1つ目はモノづくりの多様化への柔軟な対応だ。消費者のニーズが多様化する中で、変種変量生産や多品種少量生産、1つのラインで複数のモノを製造する混流生産が増加傾向にある。その中で、モノづくりの在り方としても変化に柔軟に対応していくことが重視されている。需給に合わせて変化し続ける生産ラインが理想で、そのためには配線がいちいち必要な有線よりも無線での情報のやりとりが求められている。
2つ目が、高度なデータ連携を実現するためだ。IoT(モノのインターネット)により、製造現場の多種多様なデータを収集し、AI(人工知能)技術を用いて高度な分析を行い、予知や予測に役立てられるようになってきている。また、3D設計やシミュレーションにこれらのデータを生かし、製品開発を高速化するような動きも生まれている。その際に増えるセンサーを全て有線でつなぐのはケーブル敷設の工数が大きくなるため、無線でのデータ収集への期待がある。
3つ目が、労働力不足に対する技能伝承や現場支援での活用である。熟練技能者が減少する中、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)技術を活用し、現場作業員への作業指示や遠隔支援、コーチングなどへのニーズが高まっている。その際に有線であれば作業員の動きに制限が加わるが、無線であれば従来通りの動きで自然なサポートが可能となる。
産業用での活用に期待が集まる5G
今後の無線ネットワークという点で特に期待が大きいのが5Gである。鈴木氏は「一般的に工場のネットワークには主に『高速性』『広域性』『信頼性』『低遅延性』の4つの点が求められます。既存のWi-FiやBluetoothも活用方法次第で工場に適用できますが、5Gを用いることにより、特に『信頼性』と『低遅延性』の観点で利用用途を拡大できる可能性が生まれます」と5Gの意義について述べる。
三菱電機では、名古屋製作所内で免許を取得しローカル5G基地局を設置。製造現場における無線通信伝送性能の技術検証を開始している。製造現場を模擬した空間での電波伝搬の測定、遮蔽物があった場合や移動体上で使用した場合の伝送速度や通信信頼性への影響を検証している。例えば、AGV(無人搬送車)に5G端末を搭載し、動かしながら通信した場合の電波受信レベルや伝送速度を検証する取り組みを進めている。
大石氏は「実際に検証を進めると現段階でも製造現場で無線活用できる面と、無線適用範囲拡大に向けてクリアしていかねばならない点の両面が挙がっています。5Gは期待が大きい技術ですが、三菱電機では、無線通信を5Gだけに限定するわけではなく、既に活用しているWi-Fiなどの他、光空間通信なども含めて幅広く捉えて工場の最適化を進めていく考えです」と無線活用についての考えを述べている。
さらに、5Gについては「次期仕様であるリリース17で本格的なTSNの対応が計画されており、産業用途での本格活用が期待されています。リリース17は2022年に規格化される予定で、CC-Link IE TSNと組み合わせてさまざまなソリューションを提案できるようになると考えています。特にTSN技術は、これまでもネットワーク統合による省配線化を実現してきたキー技術ですが、信頼性や定時性が安定しない無線通信を混在させても、厳密な定時性が必要となる制御通信に影響を与えないため、無線通信との相性が良いと考えています。有線と無線の通信をTSN技術の上で組み合わせ、積極的な活用を図っていきます」(大石氏)としている。
工場無線化に向けた従来無線技術の拡張
新技術の5Gに加え、従来の無線技術を製造現場の高信頼、低遅延の通信にも活用するためのさまざまな機器やデバイスも登場。NECでは、Wi-Fiなどの複数の無線チャンネルを束ねて一本の仮想的な高信頼、低遅延の通信路を実現するFPGA向けIPコア「ExpEther無線IPコア」を提供するなど、製造現場向け機器に従来の無線技術を活用し易くするソリューションを用意している。
また、ExpEtherの高信頼通信を既存の製造装置でも活用可能とするため「ExpEther無線IPコア」を搭載した汎用メディアコンバーターをコンテックと共同開発し、2021年度(2022年3月期)の第3四半期(10〜12月)に発売する予定だ。同コンバーターを製造装置のLANポートに接続するだけで既存のイーサネット通信を高信頼に無線化できる。このように、用途が多様化していく中で、5Gだけでなく、既存の無線技術も有効活用できる幅広い製品が増えてくる見込みだ。
無線WGが持つ3つの役割
こうした動きの中、無線WGでは主に3つの活動を進めているところだ。1つ目が、CC-Link IE TSNの無線適用を進める上でのガイドラインの策定である。2つ目が、無線対応機器の認定仕様書の策定である。3つ目が認定試験と認証の実施だ。川副氏は「無線対応は今後必要になる重要なポイントだと考えます。本格的に広がるのはまだ先だと考えていますが、その前にガイドラインや認証、開発環境などを含め、利用できる環境を整えていきます」と述べている。
現状では、工場内では無線の適応の難しい使用環境があることから、用途によって切り分けて、それぞれのガイドラインや仕様の策定を進めているところだ。「遠隔監視など情報収集に関する『INFO』の領域と、実際の機器の制御などを行う『CTRL』の領域を切り分けて策定を進めています」(川副氏)。
通信遅延に対する許容値が大きく、また信頼性への要求が低い領域を「INFO」領域と位置付け2021年6月に認定仕様書を公開した。同様に「INFO」のガイドラインについても2022年1月以降に公開する計画を示している。認証試験については、既に仕様書を基に試験を開始しており「第1号製品は2021年内に出る予定です」(川副氏)としている。
機器の制御などを担い、低遅延性、信頼性への要求が高い領域については「2022年以降に各種認定仕様やガイドラインの策定を行うロードマップとしています」と川副氏は語る。制御領域で必要な低遅延性については、5Gを中心とした通信規格の影響が強いため、これらの仕様策定と足並みをそろえて進めていく計画だ。「CC-Link IE TSNにおいても5Gの認定仕様などの検討を行っていきます」と川副氏は今後の方向性について述べている。
工場の無線化に向けて
これらの取り組みを通じ、CLPAでは工場無線化を実現するような環境整備を着実に浸透させる考えだ。鈴木氏は「工場の無線化は業界としての知見が蓄積されていないという課題があります。CLPAの無線WGは、こうした課題を解消するために、無線化のアプリケーションの策定や標準化など、知見を共有する重要な場だと考えています。先進的な取り組みを支援し、工場の無線化を推進していきたいと考えています」と考えを述べる。
また、大石氏は「三菱電機では無線技術と相性の良いCC-Link IE TSN対応のFA機器や、無線ソリューションを提供してきましたが、無線適用の範囲をさらに広げ、スマート工場を実現していくためには、無線WGを活用してエコシステムを構築し、より高度な価値を提供していくことが重要と考えています」と語っている。
さらに、川副氏は「工場の無線化はまだ始まったばかりで、無線WGを通じて先進的な取り組みを発信していき、より多くの企業が身近に感じられる環境整備が必要だと考えています。また、より多くの企業が推進できるような環境を広げたいと考えています」と今後の抱負について述べている。
CLPA 無線WGの活動は認定仕様書の策定によりまずは一歩を踏み出したところだ。ただ、自律的に変化する柔軟なスマート工場を実現するという理想に向けて、無線技術の活用は欠かせないものであり、今後の取り組みが注目される。
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