日本の伝統を受け継ぐ仮想環境「箱庭」でIoTシステムの統合開発を加速する:仮想環境を使ったクラウド時代の組み込み開発のススメ(2)(3/3 ページ)
IoT/クラウドロボティクス時代のシステム開発を加速化する仮想環境の活用について解説する本連載。第2回は、IT分野と組み込み分野の相克を乗り越えて、IoTのシステム開発/サービス構築をスムーズに進めるための「箱庭」を紹介する。
「箱庭」の現在地
現在の活動の中心としては、箱庭のコンセプトを立証するための、3つのプロトタイプモデルを構築中です。ここからは、1つ目のプロトタイプモデルである「単体ロボット向けシミュレーター」を紹介します。
本シミュレーターは、組み込みシステム分野における技術教育と人材育成をテーマとした「ETロボコン(ETソフトウェアデザインロボットコンテスト)」を題材としています。物理シミュレーターとマイコンシミュレーター間の連携方法や、異なるシミュレーター間における時間同期機構の技術確立を狙っています。
本シミュレーターでは、ETロボコンでも採用されているロボットハードウェア「LEGO Mindstorms EV3」を対象として、マイコン上の制御プログラムとそれに応じたロボットの物理的な振る舞いを仮想化しています。マイコンシミュレーターであるAthrillと物理エンジンのUnityが相互にパケット通信しながら連携し、それぞれの動作を机上で可視化、検証できるようにしています。
最新の開発成果および導入方法はGitHubで公開しています。箱庭でどのようなことができるのかを体感することができますので、ぜひ試してみてください。DockerおよびDocker Hubを用いた開発・実行環境の構築手順の容易化にも力を入れており、たったの2ステップで環境構築を、4ステップでシミュレーション実行を行えます。
この他にも、マルチECUやFPGA−GPU間の連携方法および時間同期、箱庭アセット間の通信可視化を検討するための「ROS・マルチECU向けシミュレーター」、クラウド連携やロボット間の協調動作の連携方法を検討し、合わせて箱庭アセットを増やす仕組みを構築するための「ロボット間協調動作向けシミュレーター」を開発しています。これらの研究開発の成果は、全てオープンソースソフトウェアとして公開する予定です。皆さまにそれぞれのプロトタイプモデルご利用いただいてフィードバックを得ながら、箱庭コア技術の成熟とさまざまな機能拡充を進めていきたいと考えています。
箱庭は「でっかく語って少しずつ育てる」という方針で活動を行っています。最近では、昨今のコロナ禍もありオンライン化を余儀なくされたこともあってか、教育現場での箱庭の採用事例が増えてきています。具体的には、日本大学および早稲田大学での講義演習で箱庭の成果物が採用されました。また、金沢工業大学のプロジェクトデザイン実践でも、ロボットシミュレーターである「FutureKreate」と組み合わせた演習実施の事例が報告されています。先に紹介したETロボコンでも、シミュレーター競技のシステムの一部としてAthrillおよび時間同期機構の仕様が採用されています。
箱庭の成長のためにも、箱庭WGの狙いや趣旨にご賛同いただける方の参画をお待ちしています。特にクラウド技術や可視化アセット開発に知見をお持ちの方に参画いただきたいと考えています。まずは、教育用途でのパッケージ構築と普及が進んでいますが、製品開発への展開も視野に入れて研究開発を進めています。
Slackなどでの議論に参加したい方、活動内容へのご要望をお持ちの方、コア技術や各アセットの開発などに参加したい方、箱庭WGの活動で期待される技術成果を活用したい方、製品開発に展開してみたい方は、箱庭ワーキンググループWebサイトの問い合わせページに掲載されているWGメンバーに、GitHubアカウントやSNSアカウントなどでお声掛けください。
次回からは、箱庭のアセットでもあるRDBOXと、クラウドネイティブ技術を応用した組み込みシステム開発のCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)パイプライン構築への取り組みなどについて紹介します。
謝辞
本記事で紹介した「箱庭」におけるUnityパッケージの設計と作成に当たっては、宝塚大学 東京メディア芸術学部 准教授の吉岡章夫氏および学部生の杉﨑涼志さん、木村明美さん、千葉純平さんにご協力いただきました。
HackEVのUnityアセットは、ETロボコン実行委員会からご提供いただいたデータを基に作成しています。実行委員会の皆さまに深く感謝いたします。ただし、本アセットはETロボコンの本番環境とは異なりますので、大会に参加予定の方はご注意ください。また、本アセットは、個人利用または教育利用に限定してご利用ください。
TurtleBot3のUnityアセットは、株式会社ロボティズからご提供いただいたデータを基に作成しています。ご協力いただき深く感謝いたします。
筆者プロフィール
高瀬 英希(たかせ ひでき)東京大学 大学院情報理工学系研究科 システム情報学専攻 准教授
組み込み/IoT/ロボットシステムの協調最適化やシステムレベル設計技術の研究開発に従事。特に最近では、ロボット開発プラットフォームROS(Robot Operating System)や関数型言語ElixirのIoTシステムへの展開について強い関心がある。TOPPERSプロジェクトの箱庭ワーキンググループに参画して活動中。
https://toppers.github.io/hakoniwa/
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