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スタートアップとのオープンイノベーションを成功させる契約書の作り方―後編―弁護士が解説!知財戦略のイロハ(9)後編(4/4 ページ)

本連載では知財専門家である弁護士が、知財活用を前提とした経営戦略構築を目指すモノづくり企業が学ぶべき知財戦略を、基礎から解説する。第9回は前後編に分割して、スタートアップとのオープンイノベーション時に留意すべき契約の内容などを紹介する。オープンイノベーション促進のための「モデル契約書」作成にも関わった筆者が、経験を基にオープンイノベーションの意義や課題を踏まえた説明を行う。

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特許技術を改良する場合はどうするべき?

 ライセンスの対象となっている特許発明(技術)について、事業会社またはスタートアップが改良を加える場合があります(改良発明)。この場合、当該改良発明の利用関係をあらかじめ定めておくことが、両社にとって、その後の予期せぬリスクを排除するという意味では有益でしょう。

 ライセンサーたる事業会社としては、改良発明が実施できない、または改良発明に多額の追加ライセンス料が必要となる状況は望ましくありません、共同研究開発に費用を投じた上、スタートアップへの成果物の特許権の単独帰属を認めたこととの釣り合いが取れなくなるからです。そのため、事業会社が望めば無償でライセンスを受けられるようにあらかじめ定めておくべきでしょう。

 ただし、事業会社が改良技術を発明して特許権を取得した場合、スタートアップにとっては自社の事業の展開可能性が狭まれ、自社の成長の可能性が閉ざされるリスクがあります。そこで、事業会社が改良技術を発明した場合においても、スタートアップに無償でライセンスすることが両社にとって望ましいといえるでしょう。モデル契約書においては、以下のように定められています(ライセンス契約7条)。

第7条 甲は乙に対し、自己の裁量で、本契約期間中に、本特許権または本バックグラウンド特許権にかかる発明に改良、改善等をした場合(本製品に関する改良技術を開発した場合を含むが、これに限られないものとする)、その事実を通知し、さらに、乙の書面による要請があるときは、当該改良技術を乙に開示する。乙は、本契約第2条に規定される条件に準じて、本地域において、かかる改良技術に基づき本製品を製造、販売する非独占的権利を有する。

2 甲が当該改良技術につき特許を取得した場合、乙は、本契約に規定される条件に従い、本地域において、当該特許にかかる発明を無償で実施する非独占的権利を有する。

3 乙は、本契約期間中に乙により開発されたすべての改良技術を、開発後直ちに甲に開示し、当該改良技術につき、当該改良技術に基づき本製品を製造、使用および販売する無期限、地域無限定、無償かつ非独占的な実施権を、再許諾可能な権利と共に、甲に許諾する。

4 乙が、いずれかの国において当該改良技術の特許出願または実用新案出願を申請することを希望する場合、乙は甲に対し、かかる出願前に出願内容の詳細を開示するものとする。

※甲=スタートアップ、乙=事業会社

第三者の権利侵害に関する責任

 ライセンス契約において、「ライセンシー(ライセンスの被付与者)によるライセンス対象となっている発明を実施する行為(当該発明を活用した製品の製造や販売行為)が第三者の知的財産権を侵害しない」ということを保証するための条項が必要になる可能性があります。

 しかし、ライセンサーがスタートアップの場合、スタートアップの成長フェーズによるものの、スタートアップには対象発明を実施するに当たり、第三者の知的財産権を侵害するか否かを調査する「FTO(Freedom To Operate)調査」を自社内で行う能力は乏しいと推察されます。外部専門家に委託する資金面の余裕がないケースも少なくありません。スタートアップに非侵害の保証をさせるより、保証は不要だが、第三者から権利侵害を理由にクレームがなされた場合に、情報提供などを通じて、当該クレームへの対応に協力するよう定めておくのが現実的でしょう。モデル契約書でもそのように定めています(ライセンス契約9条)。

第9条 甲は、乙に対し、本契約に基づく本製品の製造、使用もしくは販売が第三者の特許権、実用新案権、意匠権等の権利を侵害しないことを保証しない。

2 本契約に基づく本製品の製造、使用もしくは販売に関し、乙が第三者から前項に定める権利侵害を理由としてクレームがなされた場合(訴訟を提起された場合を含むが、これに限らない。)には、乙は、甲に対し、当該事実を通知するものとし、甲は、乙の要求に応じて当該訴訟の防禦(ぼうぎょ)活動に必要な情報を提供するよう努めるものとする。

3 乙は、本特許権等が第三者に侵害されていることを発見した場合、当該侵害の事実を甲に対して通知するものとする。

※甲=スタートアップ、乙=事業会社

 なお、スタートアップに保証をさせない場合は、事業会社が自らFTO調査を行うという選択肢もあり得ます。FTO調査に必要となる限りにおいて、スタートアップに対し、ライセンス対象の発明についての情報提供義務を課すという選択肢も考えられるでしょう。

終わりに

 今回は、スタートアップとのオープンイノベーションの留意点のうち、共同研究開発契約の留意点と、ライセンス契約(事業会社がライセンシーの場合)の留意点をご紹介しました。

 これまで全10回の連載で、モノづくり企業の知財戦略について概観してきました。読者の皆さまの事業成長に少しでも寄与できれば幸いです。

 ご質問やご意見などございましたら、筆者プロフィール欄の連絡先からお気軽にお知らせください。(連載完)

筆者プロフィール

山本 飛翔(やまもと つばさ)

2014年3月 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了

2014年9月 司法試験合格(司法修習68期)

2016年1月 中村合同特許法律事務所入所

2018年8月 一般社団法人日本ストリートサッカー協会理事

2019年〜  特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG・事務局

2019年〜  神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター

2020年2月 東京都アクセラレーションプログラム「NEXs Tokyo」知財戦略講師

2020年3月 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)

2020年3月 特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞


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スタートアップの皆さまは拙著『スタートアップの知財戦略』もぜひご参考にしてみてください。


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